第15話で見定めた?コードギアスR2の人物政治学
#「Cの世界」
いきなり結論から喚く。。。
組織経営者の男性陣は「三国志」で、ブリタニア人の女性陣は共和政末期のローマ史で解説可能!?
偽魏の曹操はシャルル
蜀漢の劉備はゼロことルルーシュ
東呉の孫権はシュナイゼル。
これで大方説明できると思います。>
三国志こと中国の三国時代を知る人はご存知の、曹操・劉備・孫権の三国の英雄達はそのままシャルル、ルルーシュ、シュナイゼルに当該しそうです。
一、曹操=シャルル。 言うまでもなく両者とも変革を躊躇うことなく断行し、実力さえ発揮すれば誰であろうと登用し、旧弊が理想の世界を妨げることに(シャルルで言う嘘がまかり通るの類)容赦しない二人です。
また、二人は至尊の身分でありながら下賤の女性(曹操は歌姫、シャルルは平民)を一番に愛している。⇒第15話の最初でシャルルがゼロの母親殺害に答えていないのは、今でも愛しているからであり、マリアンヌがいた時の世界が彼の嘘のない世界だと考えている。 故にCの世界ではマリアンヌがいるので嘘だらけの世界をぶっ壊してから取り戻すのが兄の契約以上に世界を壊す最大の理由だから息子に話せない。何故なら、自分の弱さゆえにというのが五遷・主簿の仮説。。。
けれども彼らは妥協しない。この手のタイプは世界を自分とそれ以外は他者で相容れないと見がち…。故に人にあるグレーゾーンを受け入れがたいので、改革者として世界に貢献している面があるのに、多くの人が入っていけない。で、当人は世界から孤立する。⇒曹操も当時の儒教世界から孤立がちであり、改革が斬新であったにも拘らず死後は殆ど継承されなかった。 そのため自分の正義感を強く持つ人間に美を愛でる傾向にある。それは自分がそうだから…。 ⇒スザクがラウンズに抜擢された実力以外の要素は此処だと思います。オマケにギアスとゼロの正体とナナリーを知っているとなれば奇貨だと確信したでしょう。 己の正義感の強さを受け入れられる奴だと自らの極秘のアーカーシャの剣を息子はおろかラウンズ・オブ・ワンにさえ見せないものまで見せた。まるで周りから嫌われているガキ大将がはじめての友達に宝物を見せて、君は特別で俺と同じだと思わせたいかのように…。
哀しいほどに善に正直過ぎる穢れ嫌いの者達だなぁ。⇒小説第一巻、第15話でスザクが皇帝にナナリーを預ける危険性は、ナナリーが穢されていないからです。だから殺してでも穢れていない世界(最悪、Cの世界)に置いておきたいのだと思えます。
やはりシャルルは自分の正しさこそ至上と考えているから、強い者が弱い者を守る虚しさも余計な嘘だと考えているかもしれない。それなのにシャルルはその考えは全ての人間達に平等にとは考えていない。例外がマリアンヌの子供達で庇護の対象と思っています。⇒シャルルがルルーシュを日本へ送ったのは、嘘に染まるべきでない子供が嘘を口にしたからだと思います。怒るし、考え直せとばかりに叩き直す為にも…。おそらく息子達には世の非情さに泣かされて本国に帰ってくれることがシャルルの最上の手だったのでは? 父の言うとおりだったろうがと頭脳明晰な息子に教えられたからね。盟主ムニ枕さんの鍛え上げる日本追放説を私はこう解釈します。
二、劉備=ゼロことルルーシュ。 ルルーシュも世界を変えようとする点ではシャルルと同じです。しかし、シャルルや曹操と違う点は捨てることもない所をかなり残すことです。ブリタニアは破壊するが、破壊する必要のないものに手出しはしない。その代わりに強者は弱者を守る力に遠慮無用とする点はドラスティックでしょう。唯、そういう考えを持つルルーシュですが、愛する妹ナナリーの世話から弱者には相当に過敏症になっていますが。⇒シャーリーの死の回でもルルーシュは相当に心を痛めています。
ただ、シャルルの「革命」路線より、ゼロの「維新」路線の方が相当に手綱捌きが求められるのは言うまでもありません。何故なら泣かされる方に自己犠牲を理解してもらうのですから。。。 革命には容赦がないので泣いている側には躊躇しない。血が多量に流されるが、泣き声が止まるまで流される。革命には自己犠牲が少なくて好いということです。
対して、維新はこのようにできない。取捨選択するために相当な知恵と自制心が求められ、敵味方にも相当の自己犠牲が求められる。⇒日本の明治維新で版籍奉還が成功したことは紛れもなく世界史上、日本が人類史に残した奇跡なんですがね。 維新の方が革命より心技体で凄い力が必要だと言うこと! 何故、苦労が多い維新が理想とされるのは、革命では流される血の多さで人と国が衰弱してしまうからです。
劉備が漢朝復興を掲げていると演義ではいうけれど、甚だ疑わしい。曹操が生きている頃、未だ漢朝の皇帝が存在していました。その期間に劉備が独自の王国を建国することは漢朝の皇帝への反旗ですから。反逆として曹操は認めさせた点で皇帝の認可ありですが、劉備は既成事実を追認させた形ですから。反逆は曹操も劉備もやったのです。⇒唯、劉備が漢の系譜を継ぐ形で建国したように、ゼロも今までの人生で自分が背負ったものを守る意味は二人に共通していると思えます。
三、孫権=シュナイゼル。呉の初代皇帝・孫権は三国の一雄。シュナイゼルは世界の強国の宰相。孫権とシュナイゼルに共通する点があるとすれば…、
守成! 孫権が初代皇帝ですが、それまで兄が築いた勢力を維持しながら大きくなった国です。シュナイゼルもブリタニア皇族として帝国を維持しながらでかくしています。領国を守りながら戦争手段を促進する点は、領国(帝国)を豊かにするために必要なことであります。孫権は呉の安泰のためには同盟国すら裏切ったのです。⇒ 第15話でニーナが超兵器を開発し、シュナイゼルはお褒めの言葉をかけました。明らかにシュナイゼルは戦争で使う、躊躇うことも無く命じるでしょう。帝国を守るためにはどんな手段も厭わないのですから。
守成を旨とする孫権とシュナイゼルに幾つか共通点が見られます。
1、保守性
2、国の豊かさ目的以外で戦争はしかけたくない。
3、なるべく争いは避ける。
4、国を保つのが至上。
守成を第一とすれば1は自然の成り行きです。これは二人の人材発掘にも見られます。孫権も同様、他の二国の英雄と同様に人材を多く発掘しています。しかしながら、孫権の人材は殆どが自領内出自の人物に限定されていて、劉備や曹操のように出自が全国まで広くない。シュナイゼルもロイド、バトレーやニーナまでブリタニア人で固められている。スザクはロイドが見出し、ユーフェミアが抜擢したのでシュナイゼル自身の発掘ではない。
2も孫権、シュナイゼルは同じです。⇒全ての始まり、日本侵攻作戦はシュナイゼルの発案ではないかと思えます。V.Vは皇帝の名で追認したけれども、皇帝自身は極秘にアッシュフォード家に名誉回復を条件にルルーシュとナナリーを助けるように命じた。唯、アッシュフォード家が皇帝の真意を測りかねてルルーシュ達を極秘に引き取ってしまったと第15話時点の五遷・主簿の仮説です。。。 孫権は荊州を同盟国の蜀から奪い取り、シュナイゼルは弟見殺し結構でサクラダイト目当てで日本に攻め込ませたのではないか。自分を脅かす継承者を落とすために…。
3は全ての争いを避けるには力と現状維持(4に通じる)路線に尽きる二人でしょう。力は軍事ですが、これに現状維持が加わると戦争の成果で外交を有利に展開する制限戦争です。 孫権も現状維持のために裏切った蜀と再度、同盟に成功しています。 シュナイゼルも勝利し続けると敗北が待っていると言ったり、中華連邦の大宦官達に懐柔策を取っています。現状維持なら余計ないさかいが起きないから都合が好い訳です。 ※ルルーシュだったら大宦官達は後で処刑したでしょう。
故にR2でないコードギアスの小説で書かれていた、行政特区日本設立をシュナイゼルが総督コーネリアに知らせなかったのは故意だと思います。
>何故なら政策の行政特区日本案は素晴らしいが、ユフィの行政特区日本はシュナイゼルには厄介だからです。 コーネリアが懸念したようにあの時の行政特区日本はブリタニアの国是に抵触するものでもあった。でも政策の飴として素晴らしい。この矛盾に気付いたからシュナイゼルは総督に報告しないことで、ユフィだけに責任と覚悟の点を突きつけたと思います。⇒皇籍返還はユフィがひねり出したとしても、それを促すヒントや現状把握のアドバイスをシュナイゼルが出したかも…。だってお飾りの皇女がルルーシュに完敗と言わしめるほど法的な手法で覚悟を表現できる緻密さがあると思う?
シュナイゼルにしてみれば、飴として行政特区案はすばらしくとも発案者にしてパイオニアのユフィが責任者になると、国是にどう抵抗されるか分からない。新勢力になるほどに支持者も出そうだからと…。だから、特区の意味を変えるためにパイオニアを政策から離す。
4は現状維持です。孫権は天下を取ろうとする意欲はなかったし、シュナイゼルはたとえスザクがイレブン出の騎士で今後も活躍させても、シュナイゼルはユフィと同じようなナンバーズの権利を引き上げはしない。⇒それをするとブリタニア人が黙っていないので現状維持=平和がおびやかされる。ただ、スザクの地位に周りから文句があろうとも、ユフィ(皇族)が認めた騎士だからと言えば、スザクを活用したままブリタニア主義を通せる。
国とは人だよ発言にしても人を思いやる言葉でなくて、民意=統治度を計る台詞にも聞こえるしなぁ。 この人の怖い所は自分の言葉で他人が自分の望みで嘘を選ばせていることだ。⇒シュナイゼルの言葉には複数の回答を持っていて、シャルルやルルーシュの固い意志は与えない。誘導しているから。。。 とち狂った老害の孫権みたく後半、暴君化しそうな気がする
[ ブリタニアの女性政治学 ]
中華連邦の天子が文武兼備の大将軍・星刻の輔佐で順調な治世を始められ、キョウトの神楽は合集国連合の盟主ゼロの内儀として重きを置かれ、日本解放に向けて動いている。 なのに、世界最大の強国ブリタニアは現・女性皇族に不遇の運命である。コーネリアは総督として成功者だが妹を失い地位も名誉も棄てた。 妹ユーフェミアはルルーシュに殺される。ルウr-シュの妹ナナリーはエリア11総督だが自らの理想の政治などさせてくれない。
第15話まで終わって彼女達の立ち位置を勝手に考えるとこうなった。。。
ユーフェミアはグラックス兄弟
ナナリーはオクタヴィアヌス
故ユーフェミア第3皇女。ナンバーズ初の騎士、行政特区とブリタニア皇女でありながら被征服者のナンバーズを差別しないどころか、権利をブリタニア人の持つ位置に近づけようとした画期的(ある意味でドラスティックだった)な政治を行った。⇒しかし、この皇女のアキレス腱は必要悪の力を理解する経験が不足していた。たとえ殺されなくとも行政特区は失敗しただろう。特区の欠陥でなくユーフェミアの支持者増大による新興勢力の台頭をブリタニアが恐れるために…。
新しい流れは共和政のローマにおいてたとえ頓挫しようとも未来に受け継がれる。グ゙ラック兄弟の改革のように…。
ルルーシュの妹・ナナリー。第一期でV.Vが兄ルルーシュと引き離したが、エリア11総督として再度舞い戻った。⇒ロロのせいもあり死亡候補に近いのですが、アグリッパみたいな位置にいるスザクに、いずれナアンリーの輔佐として納まる兄ルルーシュがメナチェスの渉外役をもらうオクタヴィアヌスに化けそうな気がする。。。
では、コーネリアはどうなるかと言えば、
コーネリアはオクタヴィアヌスに帝政ローマ初代皇帝の称号を贈る役を引き受けた武人ポリオではないかナァ。
| 固定リンク
「コードギアス反逆のルルーシュR2_吾れ卿を得て諧う」カテゴリの記事
- 深読み過剰から歴史を語る(2008.08.16)
- 白帝、後事を友に託弧の遺命(2008.09.28)
- 天下分け目の戦い。道義を以って彼ら知勇の才を御した者に勝利アリ!(2008.09.21)
- 教えて差し上げよう、正義の本質を!!(2008.09.15)
- 主従真逆の皇帝ルル周瑜と小覇王スザク伯符で、姦雄シュナイゼルの命運は自滅と定まり候。(2008.09.07)


コメント
HINAKAです。
五遷・主簿様
相変わらず、大胆な御意見と見識!思わず、感服しました!!
敢えて、それぞれの歴史的見解との比較には、触れません。
と言うのは、歴史的な見解自体が必ずしも、1つでは無いからです。ただ個人的に気になる事が、1つあります。
「日本の明治維新で藩籍奉還が成功したことは紛れもなく世界史上、日本が人類史に残した奇跡なんですがね」
無血で、「廃藩置県」を行った事は、確かに歴史上の奇跡と言う事が出来るとは思います。
なぜなら、これはそれまでの地方分権・封建制度からいきなり、中央集権制度への転換を行ったのですから……。
しかし個人的には、明治維新とは日本人得意の、勝った為政者による、巧みな言葉の言い換えと理解しています。
歴史的客観的に見れば、「明治維新」とは徳川幕府による「軍事政権」を「薩長同盟」による軍事力が打倒した、内戦による政権奪回の革命だと思います。
この歴史は古く、良く言われるように、日本最初のクーデターは「大化改新」と、呼ばれています。文字通りこれは、血で血を洗う後の天智天皇側の政権奪取です。
さて、「廃藩置県」ですが……明治維新などで見られることは、破れた側に多くの有能人材がおり、その人達の努力により、最悪国家を2分する大戦争にはならなかかった!
「天皇」中心の「王政復古」を錦の御旗にした、「明治維新」に対し旧勢力の武力による地方支配を行っていた大名は、みな反旗を翻せなかった。
唯一行われたのが、西南戦争ですが、これが西郷と大久保の命を懸けた、革命政権樹立の大芝居という見方に、大きく納得できるところがあります。
これを最後に、日本は急速な中央集権化を実現させ、近代化を推し進める事が、可能となります。
即ち、「天皇」を戴いた「明治新政府」に、軍事的にではなく精神的に、日本の武家勢力は対抗できなかったのです。
これはそもそも最初の軍事政権、鎌倉幕府の開闢以来続いた、武家の伝統であり、国家支配の精神的根拠が、「天皇からの勅命・征夷大将軍の地位」だったからです。
つまり、どんなに政治的財政的に弱体化させようとも、「天皇に使える武家の伝統」は、鎌倉幕府以来連綿と続いていたのです。
現在の象徴天皇と似ていますが、あくまで将軍は今の首相と同じく、天皇宣下によって初めて名目上、正式に任命されます。
その天皇から、勅命として「諸大名」の地方支配権(藩政)を、中央(天皇)に移す!と宣下されれば、武家は従うしか無かったのです。元々の律令制は、そうなっていたのですから……。
しかもこの「廃藩置県」は、出し抜けにある意味で、騙し討ち的に行われました。
当然、新政府内でも(まだ寄り合い所帯です)反対勢力はありました、しかしどうしても岩倉具視を頭に、西郷・大久保・木戸達中心部の者は、中央集権化を急ぐ必要があったのです。
理由は簡単明瞭、新政府には財政的な基盤が無く、取り上げた徳川氏からの財産や反政府勢力からの戦利品は、余りに少なかったのです。
何が何でも、早急に財政基盤、要するに税を全国から徴収する手段を、確立しなければたちまち新政府の組織は瓦解し、革命は泥沼の失敗に終わる。
大久保達は、敢えて反対勢力がいない時期に、勅命を発し抜き打ち的に「廃藩置県」を断行したと、言われています。
正直な話し、この当時の新政府の財政手段は、姑息の一言に尽きます。そもそも、それまでの暦である太陽太陰暦から、いきなり太陽暦に代えたのも「西洋に倣って」という大義名分の下、その年の12月に払うべき公務員の給料をわずか数日分にできる!と、言うのが最大の理由だったことは、余りにも有名です……。
最後に如何にこの「明治維新」が、姑息で不意打ち的な、クーデターであったかの証明として、首都・東京が未だに国際的に法的根拠はなく、歴史的法律的には実は京都が、日本の首都だと言うことを挙げておきます。
東京遷都の宣示もしくは勅命は、未だにありません。憲法にも、記載はありません。「都民の日」は東京が「府」から「都」に昇格した、記念日です。
無血革命の神髄は、敗者に勝者がいる事だと考えます。
この辺を、五遷・主簿様はどうお考えでしょうか?
それでは、また。
投稿: HINAKA | 2008年7月24日 (木) 01時06分
HINAKA殿、コメント万歳です!!
>歴史的客観的に見れば、「明治維新」とは徳川幕府による「軍事政権」を「薩長同盟」による軍事力が打倒した、内戦による政権奪回の革命だと思います。
まさしくその通りです。内戦が避けられないのは既存勢力が健在である以上はどうしようもないです。
>。そもそも、それまでの暦である太陽太陰暦から、いきなり太陽暦に代えたのも「西洋に倣って」という大義名分の下、その年の12月に払うべき公務員の給料をわずか数日分にできる!と、言うのが最大の理由だったことは、余りにも有名です……。
はぁああ、この理由は存じませんでした。タメニなりました
>最後に如何にこの「明治維新」が、姑息で不意打ち的な、クーデターであった
確かに不意打ちなのでしょう。ですが、外様の薩長土肥で固められた新政府なればいくら天皇を奉戴している所で反発は必死です。
五稜郭で幕府側の抵抗が止みましたが、政権が脆弱な新政府が外国介入を招く長期の争いを避けるためにも姑息上等で中央集権化は成すべきだッたと思います。
脆弱な政権が日本をまとめるために話し合いで解決できる時間は足りなかったと思いますよ。破れた側に多くの有能人材がおり戦争にならなかったのは確かに一理あります。ですが、安政の大獄の井伊大老のように組織のためには有能な人材なら尚更処罰とする事だってありえます。人類史の奇跡と言った版籍奉還はその勝者が戦わずして勝ったと言い換えればいいと思います。
>無血革命の神髄は、敗者に勝者がいる事だと考えます。この辺を、五遷・主簿様はどうお考えでしょうか?
敗者に勝者がいる事=嘗ての敗者が勝者の組織の枢機(重要な仕事)まで参加できる。この意味でよろしいのでしょうか???
投稿: 五遷・主簿 | 2008年7月25日 (金) 20時33分
HINAKAです。
五遷・主簿様
敗者の中に、勝者がいる。
と言うのは確かに、「嘗ての敗者が勝者の組織の枢機(重要な仕事)まで参加できる」事も含みます。
ですがこの場合、旧勢力が徹底抗戦を唱え、全滅するまで抵抗やめなかったら?事実、幕末の官軍(という名の薩長その他モロモロ同盟軍)に、それでもまだまだ軍事力を要していた徳川氏が、一致団結して(関東以北の大名は、この時点でまだ様子見でした。むしろ、徳川寄りとも言えたようです)反転攻勢に出たら……鎌倉以来、以西は平家=公家の影響力が、以東は源氏=武家の影響力が強い事は、知られています。
それに幕臣には、勝海舟を初めとした、有能な幕臣がまだ多く残っており、彼らがその力を戦闘力に使ったら……勝の江戸焦土戦術案は有名ですが、それ以外にもこの時点で、官軍は多くのアキレス腱を持っています。何しろ、海軍力が、皆無なのですから……。
ですから、彼らは江戸を直前に、様々な理由で停止せざるを得なかったのです。
その隙を、作ったのか?狙ったのか?敗者の勝者達による交渉戦術が、江戸城の無血開城という快挙を成し遂げ、徳川氏がその巨大な戦力を自ら放棄した事により、様子見を決め込んでいた、東日本の大名勢力も次々と官軍に投降しました。
この一大決断と、それを可能とする力を持った人々を、敗者の中の勝者と呼びたいのです。
この人達が共に危惧したのは、国を二つに分けることと、そのことによる外国勢の加入を恐れたことです。幕臣は徳川氏(慶喜公の)家臣であり、まず徳川氏の存続が国家の支配権よりも、最大の命題だった事も、大きいと思います。
どんな革命も、旧勢力に先見の明のある実力者がいないと、実現しないことは、世界史的事実だと思います。
もっともその後がどれだけ混乱するか、穏やかに終息するかは、その時と場合によって、色々です。ただ、旧勢力の実力者を取り込んだ方が、うまく行くような気がします。
「敗者の中の勝者とは、より先を見て眼前の勝敗に拘らずに、負けを受け入れられる者。但し譲れないものは、譲らない!」そんなところでしょうか?
また、長くなりました。お許し下さい。
投稿: HINAKA | 2008年7月25日 (金) 23時35分
HINAKA殿、コメント万歳です。
>その隙を、作ったのか?狙ったのか?敗者の勝者達による交渉戦術が、~(中略)~この一大決断と、それを可能とする力を持った人々を、敗者の中の勝者と呼びたいのです。
大変よく分かりました。
では、中国であったお話を一つ…。
中国春秋時代で南の大国・楚に小国・呉が戦争を仕掛ける。呉に名将・孫武と伍員の力で大国・楚も先代王の無道な政治からの疲弊もあり、滅亡寸前まで追い込まれる。
しかし、楚の臣・シンホウショが隣国・秦に七日七晩に渡る涙の嘆願で援軍を呼ぶことに成功したことで滅亡を免れた。呉は長躯して疲弊したところに想定内の援軍で撤退せざるを得なかった。
敗者に勝者ありの別パターンですが、どんな時にも機があることを見逃さない知恵と胆力が求められる。革命になるか起死回生になるかは旧勢力に賢者がいるかどうかですね。
投稿: 五遷・主簿 | 2008年7月28日 (月) 23時04分