蒼天航路第拾二戦。呉・武烈帝、峴山で戦死!!
#「孫堅昇天」
(つд⊂)エーン さらば武烈皇帝よ!
(#゚Д゚)y-~~イライラ持久戦になってしまいました。。。
それぞれの陣営の紹介ですね。。。
長安の官軍・正規軍陣営
勝敗分岐点を見極めて、汜水関で連合軍に一撃を食らわしてから撤退する董卓は戦場では名将の判断と申せましょう!⇒是こそ撤退戦の優れた先例というべきものです。日本では戦国大名の島津軍が朝鮮でこれを見事に成し遂げて撤退しました
。
長安に撤退した董卓は権勢並ぶもの無き勢いを保持しています。しかし、彼の暴政に抵抗するものは少なからずいるようです。
一、蔡邕(サイヨウ)。宦官たちに迫害を受けていましたが、中央に戻っています。⇒史実では董卓が中央に召したのですが。文官たちが蔡邕が董卓の暴政をありのままに記していると誣告したので、董卓が直々に詰問しに行きました。蔡邕は私を殺したところで天意は欺けませんぞと古の董狐のような気概を見せる⇒今のマスコミに董狐のような筆を持つプロは皆無なのか?
しかし、董卓は天に確たる意思はなく地に確たる歴史もないと、平然と中華の伝統をぶち壊します。⇒つくづく思うんですが、実に騎馬民族的な考えです。文化より合理さを重視する感じで。史実ではそんな印象はないけれど。
後世とは私、董卓がいたことを記すのみだとデカルトみたいなことを言っています。諸芸に秀でている蔡邕(サイヨウ)は董卓の豪放さと才気のありようにとても興味を惹かれます。脚色なく在りのままを記す蔡邕の姿勢と才知を評価する董卓は、以後の自分を記すことを許します。⇒悪でもこういうスケールが広い奴が上にいると下の奴は惹かれるんですよネエ。郵政民営化の是非で党の人間を黒白に分ける某政治家の器量と雲泥の差があります。なんであんな奴に総理ノ椅子を与えたのか、天は
? 董卓は蔡邕(サイヨウ)の才を見抜けなかった文官を容赦なく断罪して処刑してしまいました。⇒で、原作では人間鍋にして董卓が食した話があるのですが、これは出典がきちんとあります
。蔡邕(サイヨウ)はこの後に左中郎将の高位と侯爵を授かります。
あえて言おう!
この蔡邕(サイヨウ)から学んだ門下生で呉の者を含めて二人以上を知らない者は呉ファンとは言えないぞ!!※知らないなら私の下に聞きに来い。
二、王允。 司徒として董卓に重用されていましたが、董卓の暴政に与する者と見られるのが耐えられないようでした。董卓が死んだ後でも一味として清流から王朝不忠の臣とレッテルを貼られ、先に死んでも同じことになると。これを免れるのは董卓を討つしかないと友人に告げますが、董卓の周囲は軍で固められてどうすることもできないでいるのでした。
そこに入ってきたのが養女・貂蝉。貂蝉は軍の大権等入りません、私が宮中に入り董卓を討つ術を探してまいりましょうと養父に進言する。貂蝉は血化粧までして宮中に入り董卓を討つ機会を待つ。
華北の袁紹
彼は董卓が擁する献帝を正統と認めず、幽州の牧(長官)で高徳の劉虞を新しい皇帝として祭り上げようと画策していた。⇒分党する奴。。。 結局、これは曹操、袁術の抵抗と劉虞の反対で失敗します。自分が従っていける筋を通すだけで大義の筋を通さない奴ってこういう考え方をするのかなと最近はつとに思う。 で、袁紹は同じ連合軍にいた韓馥から冀州牧の位を奪ってしまいます。
河南の曹操
曹操は故郷の豫州に戻っていました。兗州の救援要請を受けていましたが、なかなか腰を上げません。父はじっとしていていいのかと心配し、曹仁はさっさと出撃するべきだとやかましく言うのですが、曹操は待っていました。⇒史実では募兵を兼ねて転戦しています。父には人を集める準備は金と策を揃える必要があると答えて、父親を笑わせます。策に富んでいる人間が更に他人の策を求めるとはと。 そして、待ちに待った策が帰って来ました。
お帰り★荀彧! 曹操の軍師参謀。 早速に荀彧を連れて曹操は兗州の救援に向かいます。曹仁は賊を撃破しようというのですが、曹操は民は治めるものであるとの信念から、荀彧は賊の民をまるごと吸収して一つの勢力を作り上げようとの意見から賊の中にいる虎チなる者を挙げる。
賊は虎チなる者を先頭にして城攻めをしていた。城門を壊すと直ぐに突撃しようとする虎チだったが、ス層の顔を見るなり逃げ出してしまった。曹操は嬉しそうに虎チの後を追いかける。
虎チはお前なんか知らないぞといいながら逃げるが、曹操はお前の名はと急かせる。止めろオオと虎チが庭の木にしがみつき、お前は偉い役人で家族や皆を食わせるために賊になるしかなかったおいらの気持ちを分かってたまるかと木を引っこ抜いて投げつけようとする。
お帰り★許褚! 曹操のボディーガード。それでも曹操はどんな理由で賊となったかは知らないが、億の民を食わせようとするなら再び曹操の下に仕えろ、以後の生涯ずっとだと許褚に叫ぶ。キョチョは涙を流して木を放り投げるのでした。
江南の孫堅
孫堅は洛陽に一番乗りを果たし、廃墟になった洛陽の復興に着手しました。暴かれた皇帝の陵も復旧しました。洛陽で孫堅は井戸から五色の竜気が立ちこめる光景を目撃し、そこを掘り起こしました。
すると皇帝の玉璽が出てきました! ⇒特別室で見れるはずなのだが合鍵は知っているのかな
? 洛陽に大義を見出した孫堅に多くの人達が集まってきました。
しかし、主の袁術が荊州に出陣せよとの命を下したので、孫堅は命は天より受けると言ってから出陣していきます。この出陣に家臣の韓当や長子の孫策も反対するのですが、孫堅は真の民の声は南から聞えてくると言って反対を退けます。 洛陽を離れる孫堅に惜別の礼を夏候淳が述べると、孫堅はいつか曹操殿と覇を競わんと言って出征するのでした。
荊州では孫堅軍が進撃を続けます。幕舎では孫策や家臣達が改めて荊州や江南の重要さに気付いてここから天下をうかがおうぞと志を更に高く掲げていました。
されど好摩多し。孫堅は夜の散歩で山の頂に上っていくと、そこで弩の矢で射抜かれてしまいました。狙撃手たちが孫堅の首を持ち帰ろうと近寄る。けれどもまだ生きている孫堅に恐れをなして逃げてしまいました。
孫堅は今果ててみると自らの生涯に悔いは無いことに快を感じて昇天してしまいました。⇒海賊を一人で皆殺しにした一介の吏より江南の虎、呉王朝の武烈皇帝と贈られた英雄が波乱の生涯を閉じました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。。
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蒼天航路
{{{第十二話「孫堅昇天」}}}
{{{
〓水関で袁紹と曹操を破った董卓は、皇帝と城民を連れて長安に遷都し、洛陽を毀壊した。洛陽に一番の地を果たした孫堅は焦土と化した洛陽を復興するが、そこで皇帝の証である玉璽を発見する。
洛陽復興と玉璽入手の風評は一気に天下に広まり、孫堅はその名声を高める。
一方、故郷に戻った曹操は、東郡太守・王肱の要請で濮陽城を守っていたが、そこで意外な人物と出会う・・・
}}}
== 董卓と蔡 ==
==..... [続きを読む]
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汜水関の戦いは、董卓軍の圧勝。
しかし、汜水関だけが戦場ではありません。
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こんばんわ。蔡邕の門下生は、おぼろげながら王粲の方が思い出せました。曹操が蔡文姫について触れていたシーンがありましたが、その時に王粲にも触れていたような気がします。調べてみると、建安の七子の一人でもあるのですね。他の方は、よくわかりませんでした。
孫堅の方は王者の威厳が備わっているだけに残念ですね。もし、しっかりとした護衛がついていればなど考えてしまいます。
投稿: 闇太郎 | 2009年6月26日 (金) 21時34分
闇太郎殿、コメント万歳です!!!
>こんばんわ。蔡邕の門下生は、おぼろげながら王粲の方が思い出せました。
その一人だけでも十分な三国志通のレベルでしょう。王粲は建安七子として著名な詩人でした。
>他の方は、よくわかりませんでした。
私見で言いますとこの方を知らないならば呉ファンとは言う資格なしと思われます。蔡邕の門下生で顧雍[コヨウ]、呉の名臣です。原作「蒼天航路」では張昭と一緒にいた筈です。呉の宰相にまでなりよく呉を治めた名宰相として後世から激賞されております。
>もし、しっかりとした護衛がついていればなど考えてしまいます。
曹操、劉備とちがいボディガードみたいな人が著名でないです。孫権の代でようやく有名な人が出てきますが。周泰だったかな。
投稿: 五遷・主簿 | 2009年6月26日 (金) 23時55分