蒼天航路第拾六戦。歴史は鏡だ。脳も(笑)。
#「天子奉戴」
窓際族、ニート、転職者よ、腕を磨けば郭嘉になることだって無ではない!!!
兗州を奪回するために曹操は二つの戦略を打ち出す。一つは呂布対策として夏侯淳に命じて呂布を陽動して、呂布軍を疲弊させる戦術を取らせていた。⇒実際、呂布は強かったが戦略は駄目だったのは史実でも一致している。
もう一つは青州兵には荒れた大地を耕して領内の兵糧確保と国力を高めることでした。⇒
世界史では必ず太字で学ぶべき屯田制のことです。されど、屯田制は曹操以前から後漢の将軍の発案で始められているので曹操がオリジナルではないそうな。でも始めの屯田制は辺境の軍が始めたものですが、曹操は屯田を民衆まで広げて拡大したことが画期的でした。曹魏はもっぱら屯田制に依存しました。ただ税収は五公五民で、牛を国家から借用している人は六公も納めるのです。
それでも民衆がそこにいたのは食が確保されたことと、納税で金を無理に使わなかったからだとか※
汎がでてこないのか(涙)。。。 青州兵が荒地を耕している光景を見る曹操の軍師たちは複雑でした。彼らの思惑を構わないのか曹操はこれからは収穫量を計り、民衆の食を保持した上での余剰で戦いをすることに決める。その計算を荀彧にさせると、現在では兵五百しか連れて行けないと出た。 そんな甘いことをと郭嘉が不安増大、それ見たことかそれだけしか数字が出ないではないかと呆れる程昱の二人でした。⇒
この頃、曹操は相当に困っていた様子で袁紹が援助と家族を冀州に引越しさせてはどうかと打診してきたのですが、程昱が断固辞退を諫言したので取りやめたんでした。曹操は自立の道を苦しくても捨てなかった。
それでも兵五百で戦うと曹操は呂布を五百で戦う策を出すのは郭嘉に任せます。
(lll゚Д゚)どれほどご存知?郭嘉が代打だったということを!!! 曹操軍が兵五百で呂布と戦う。曹操自ら囮となって呂布をおびき寄せる郭嘉の作戦で、呂布軍を見事に分断して撃破します。陳宮も呂布に張り倒されつつも、分断の策に気付くのですが遅かった。曹操は呂布を取り逃がすものの何れはと余裕を見せます。見事な作戦を打ち出した郭嘉に次は天子だと新たな戦略目標を提示するのでした。
代打郭嘉! 三国志読者で郭嘉を知らぬ者は何処を見ているのだと馬鹿にしたいほどな曹操の名軍師の郭嘉ですが、彼は代打で軍師になったのよん
。 彼の軍師の椅子には既に座っている人がいたのです
。しかし、優れた軍師だったその人は曹操より先に病死してしまいました
。頼みの軍師に先立たれて困った曹操は荀彧に相談したところ、後任として郭嘉に白羽の矢が当たったのでした。
要するにその人が生きていれば郭嘉のレギュラーはなかったのでした。このことをきちんと描いている三国志の娯楽作品ではおそらく一つだけでしょう。まだ書店に売っている筈ですので、知りたい方がいたらコメントにくれば教えます
![]()
逃げた呂布はどこに行ったのかといえば新徐州牧・劉備の下にたどりついていました。⇒この時点で曹操は兗州を奪回したことになります。
(;´д`)トホホ…董卓と涼州の軍閥達に翻弄された劉協様は、軍閥達に嫌気が指して長安を脱出して逃亡生活を送っていました。行く先は故郷・洛陽です。
その情報をキャッチした曹操と劉備でしたが、曹操の方が早く動けました。
洛陽に到着した劉協様でしたが、都は董卓が燃やして廃墟と化していました。それでも故郷はいいものだと劉協は廃墟でも涙を流して喜びます。そこに曹操がやってきました。
劉協は彼の悪名を聞き、人物を見極めねばならないと悲壮な覚悟で曹操と会う。曹操は平伏もせずにいきなり新たな都・許においでくださいと進言します。また遷都かと劉協の群臣たちは陛下の御意思を無視するのかと自分達の意見も混じって文句を言えば、劉協も洛陽を離れたくないので拒絶します。
曹操はそれに対して天子の御意思とは社稷を映した天のお人か個人のどちらかの気持ちから出たものなのかと問い返す。二つの意思があると劉協は曹操の言葉から天子とは何かを知りたくて、曹操の言葉を聴許する。
荒れ果てた玉座に座る劉協は曹操から天子とは何かを聞き、そして学ぶ。感心した劉協様だったが、それほど知るそなたが天子にならないのは何故と曹操に問う。曹操は吾は天に昇らず蒼天の下に地を行く者也と自らは実務を仕切ると堂々と宣言する。
⇒
よく覚えておこう(笑)。これを“下に労する”と言う也!!
劉協は曹操に惹かれつつ、許に移るのであった。⇒曹操の天子奉戴は二回目で成功したのであった。
( ̄○ ̄;)!(おそらく…)中国史では英雄に奉戴されて簒奪されなかった天子は皆無です。簒奪されたくなければ英雄ではなく、奇才で無ければな!!
(幼い)天子を補佐して王朝を守り、簒奪しなかったり強権発動して殺されなかった奇才は、周王朝の周公も数えたら、管理人が知る限り唐以前で四名だけですよ
。 全員知りたい方はコメントにどうぞ![]()
※金を使わないというのは通貨を用いずに物々交換でも納税が許可されたため。これは某太師のせいで物価が天井上がりになって銅銭が全く用を為さなくなってしまったのも理由とされています。
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第16話。呂布州強奪!曹操は陳宮を軍師に君臨する呂布から州を奪還する為に決戦に臨む。
{{{
徐州遠征の隙に陳宮の策略により州の半数の領土を奪われた曹操は、力を蓄えつつ呂布との戦い
に臨んでいた。夏候惇による呂布の居城への挑発・陽動を繰り返し兵糧と力を着実に奪って行った。
治世を行っていない呂布の元には兵糧が残り少なく兵の動きが鈍くなってきたことを確信した曹操は
呂布との決戦に臨む準備を始める。
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トラバありがとうございます。
汎が出てこないのは残念でしたね(^^;
今回の記事は豆知識が多くて楽しませていただきました。
投稿: あふろん | 2009年7月23日 (木) 21時47分
こんばんわ。汎はいいキャラなのに端折られるとはもったいないです。
郭嘉など曹操側の軍師は「蒼天航路」で印象に残りました。個性が強く描かれたいたものですので。郭嘉が代打だったとは初耳です。調べてみれば、戯志才という前任者がいたのですね。才を好む曹操に好かれるとは、そうとう魅力的なを人間だったのでしょうか。不遇なことに三国志演義でも端折られたらしいですね。
投稿: 闇太郎 | 2009年7月23日 (木) 22時09分
あふろんさん、コメントありがとうございます。
>汎が出てこないのは残念でしたね(^^;
非情~ーに残念です!!いいキャラなのに、声はマリーだったら尚更よかったのに。
>今回の記事は豆知識が多くて楽しませていただきました。
いえいえ恐縮です。これからも記事を見てください。
投稿: 五遷・主簿 | 2009年7月25日 (土) 02時49分
闇太郎殿、コメント万歳です!!!
>不遇なことに三国志演義でも端折られたらしいですね。
まあ、曹操軍でも初期にいた人物ですので興隆期に活躍できませんからね。止む無しだったのでしょう。端折られたといえば蒼天航路でも曹操が董卓から逃げてきた時にめぐり合ったエイジがいましたね。彼は史実でも登場する人物だったのに。
投稿: 五遷・主簿 | 2009年7月25日 (土) 02時52分
お久しぶりです。
ようやく夏バテから立ち直りつつあるCIC担当です。
>屯田制
これについて調べてみると、最初に始めたのは前漢の武帝のようですね。
辺境地帯を守備する兵士達に、命じたそうです。
曹操に屯田制を進言したのは、韓浩と棗祗でしたね。
こういうところは演義でも取り上げられていいのに、かなりマイナーな人達ですよね…。
ちょっと寂しい…。
>彼は代打で軍師になったのよん
戯志才でしたね。
若くして亡くなった時には、曹操が「相談相手がいなくなった。」と言ったと聞いています。
どうにも、世にはまだまだ知られていない人材が多いですなあ。
郭嘉も優秀だったのに、程昱や荀彧に比べると影薄いしなあ。
賈詡もそうですしね。
>某太師のせいで物価が天井上がり
貨幣関係で大失敗したというと、董卓以前の中国では新の王莽が頭に浮かびますね。
後は、大失敗とまではいっていませんが江戸幕府
の新井白石か。
しかし双方とも、物々交換になるほどに、経済を混乱させはしなかった。
背筋が寒くなりますな。
投稿: CIC担当 | 2009年7月25日 (土) 22時30分
CIC殿、先ずは養生第一ですよ。
> 曹操に屯田制を進言したのは、韓浩と棗祗でしたね。
韓浩は夏侯淳の副将としか活躍し、曹操の軍団で近衛を率いている。横山三国志や演技ではヤラレ役になっているけれど。日本でテロの人質事件があった場合、韓浩みたいな政治家がいたらどうなるでしょうか。いないと困るのだが。
>どうにも、世にはまだまだ知られていない人材が多いですなあ。
どうせみ~んなゲームで変換されているんじゃないか? 活字で三国志を読む人がもっと増えて欲しい。
>しかし双方とも、物々交換になるほどに、経済を混乱させはしなかった。背筋が寒くなりますな。
ふふうふ、明日は我が世ですかね。世界の首脳はレベルが落ちてきている。
投稿: 五遷・主簿 | 2009年7月26日 (日) 07時56分