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秦戦紀

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     歴史大作漫画「キングダム」全感想記事を戦争毎にまとめた目次録。リンクを張る場合はコメント欄に一言あるように。
     ◆目次解説並後書 
     

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2015年12月20日 (日)

去記

animationの崩壊は2010年から(前編)

(゚⊿゚) アニメのDVDの中には性行為まるだしエロ表現が見えるようになっているけれど、

これって18禁指定されたり、

別コーナーで売られているアニメポルノDVDと

何処に差があるのか?

かたや一般の作品と共に陳列され、もう一方では18禁指定されたり、別コーナーに規制されて売られているのは不平等とは言わないのかな?

クイーンズブレイドとか聖痕のクェイサーとかいちばんうしろの大魔王のDVD。。。 

•ハードコアポルノ:ポルノグラフィの一形態で、性行為をあからさまに取り扱ったもの。ハードコア・ポルノグラフィ(Hardcore pornography)とも呼ばれ、ソフトコアと対比される。媒体は写真やビデオ・映画(若しくは動画)等だが、これ以外のものでも定義の範疇に入る。 一般的には実際の性行為が伴う物を指し、日本では大多数のアダルトビデオなどが該当する。ポルノ映画は他国では日本で言うところのアダルトビデオとの境界が曖昧なことが多いが、日本製のものは性行為を抽象的に演出するソフトコア・ポルノであることが少なくない。現代のハードコア・ポルノは20世紀後半の西欧諸国で隆興し、1969年のデンマークを皮切りに各国で流通の合法化が進められた。2000年ごろまでには大多数の自由民主主義国家で合法となったが、日本では刑法175条のわいせつ物頒布罪により2008年時点でも違法とされている。 ただし、映像の該当箇所に対してモザイク処理等の修正を行い、映像的な明示性を薄めたものについては実質的に合法流通が可能となっているため、各分野の企業は映像倫理審査団体を設立して自主規制にあたっている。刑法175条など関連法案の改正によってハードコア・ポルノ全面解禁を目指す大きな動きは現時点では見られないものの、インターネット・ポルノの普及普遍化によって、現状の規制を続ける必然性・現実性は薄れつつある。これを受けて各倫理審査団体の審査基準も年々緩和される傾向はあるものの、今後しばらくは「状況にあわせた現実的適応」が続くと考えられている。
•陰毛とその表現-欧米のほとんどの国々では性毛や性器を映像とする事自体は自由であり、青少年の目に触れないようにするという観点からの規制が存在するのみである。しかし、国によっては、ヌーディズムのために裸体でいることを認められた特定の区域以外において、人前で性毛を含めた陰部を見せると犯罪となる場合もある。-英語圏ではそもそも陰毛だけに着目されることはあまりないため同義語は存在しないが、俗語としてはfull frontalなどが近い
•ヘアヌード:また1999年施行の児童ポルノ法によって未成年モデルのヌードが事実上禁止されたことなどから話題性のあるモデルの調達が困難となり売り上げが激減、1990年代末ごろまでには完全に沈静化した。 -
•映画におけるヘアヌード
•概説 [編集]
日本における映画興行では、映倫という自主規制組織による審査を通る必要があり、かつては陰毛についてはぼかし処理をかけるという規則があった。  「情熱の画家ゴヤ」(1971年ソ東ドイツ映画)が公開されたときゴヤが「裸のマハ」を描く場面でモデルのヘアがスクリーン上に映し出されたが、芸術性の高い作品ゆえ当局も手が出せなかった。 その後、1985年6月、第1回東京国際映画祭においてマイケル・ラドフォード監督のイギリス映画『1984年』(1984年製作)がぼかし無しの状態で上映された。この作品では女優のスザンナ・ハミルトンらが陰毛を露出するシーンがあるが、東京における初めての大規模映画祭開催とあって製作者側への配慮から例外措置が取られ、その後も同映画祭内に限って陰毛描写を認める流れができあがった。   1992年5月、フランス映画『美しき諍い女』が一般公開では初めて、ぼかしのないヘアヌードシーンを含んだ状態で上映された。映倫がこの上映を認めた背景としては、ヌードモデルをテーマにした作品でありヘアヌードシーンが映画の大半に及ぶため修正を入れると内容への影響が大きいこと、写真において前年に「ヘア解禁」が行われていたこと、さらにはこの作品は前年の第4回東京国際映画祭において既にぼかし無しの状態で上映されていたことなど、複合的な環境があげられる。映倫はこの作品の審査から陰毛修正を「原則」レベルに緩め、性行為と直接関わりのないヘアヌードシーンについては実質的に無修正が恒常化することになった。1994年には『愛の新世界』における鈴木砂羽・片岡礼子のヌードシーンが日本映画史上初のヘアヌードとなり、その後徐々に製作サイドにも浸透しつつある。ヘア解禁以前に公開された作品については2000年代、「ヘア無修正版」などと称してDVD等のメディアで再リリースされる例が増加している。
•児童の権利に関する条約⇒児童18歳未満。では子どもは12歳までとすればいい。理由は12歳なら女の子は子どもを産めるから。 要するに年齢制限はどこまで区切るかが焦点だったのだ。
•児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律-
見直しに当たっては[9]他人に提供する目的を供わない児童ポルノの所持の問題(単純所持)、実在しない児童のポルノの問題が検討課題とされる[10]。この他に青少年の性的自己決定権の観点から対象年齢の妥当性についても意見が出されることがある[11]。 また、自民党の党内手続きにおいても保護対象年齢が18歳未満というのは高すぎるとの意見が出されたが、提案者の説明により理解が得られた-定義が曖昧で何が児童ポルノなのかはっきりしないといった懸念-児童ポルノの定義の問題:現行法の児童ポルノの定義の中に「衣服の全部または一部を着けない児童の姿態で性欲を興奮させるものの姿態」という一文があるが、定義が曖昧で何が児童ポルノなのかはっきりしないといった懸念がある[13]。事実2009年6月26日に行われた法務委員会の審議の中で、宮沢りえのヘアヌード写真集「Santa Fe」が児童ポルノになるのか取り上げられたが、その中で葉梨康弘議員は「児童ポルノかもわからないなというような意識のあるものについてはやはり廃棄をしていただくということが当たり前」と発言している[14]。これに対し朝日出版社は「Santa Fe」が児童ポルノに当たることに疑問を示している[15]。また保坂展人議員はブログの中で、 「ジャニーズや『ウォーターボーイズ』、我が子の写真まで児童ポルノにするのか?」と疑問を示し[16]、「被写体となる被害児童の人権救済」という本来の立法目的を超えあいまいな定義が一人歩きしていると指摘している[17]。-この法律は性表現の規制というよりも、児童の保護や権利擁護を主目的としているものである。したがって、雑誌やビデオなどで、実際には18歳以上の者が女子高生に扮したり演技をしたりしているものに関しては、この法律による摘発対象とはならない。-創作物規制が 児童への性犯罪を減らす客観的なデータはないため、感情論で規制が進められているのではないかという懸念がある。-単純所持規制 :2008年時点では、児童ポルノの単純所持を罰する規定はないが、法律の見直し対象として単純(個人)所持の処罰を盛り込むことも児童の保護の観点から求める声がある[21]。 しかし、同時に児童ポルノの範囲が広範(年齢について18歳未満であること、及びヨーロッパの一部の国では合法とされているような芸術的なソフトなヌード、家族や恋人の写真が対象となること、本人が同意しているセルフヌードが対象になること)との兼ね合いで処罰範囲が広がりすぎること、捜査権が拡大し政治利用される可能性が高いことなどが懸念され[22]、2004年改正では見送られた。 また単純所持の是非を問うアンケートで、単純所持に対する罰則が「必要」だという意見はわずか1.6%だった調査結果もある[23]。2008年に単純所持規制などを盛り込んだ与党案が(主として公明党主導により)提出され、その対案として単純所持罪の代わりに取得罪を盛り込んだ民主党案が2009年に提出され、2009年6月26日から衆議院法務委員会で審議が開始されている。処罰導入を求める理由として、すでに単純所持処罰を導入している多くの他の先進諸国との調和もあげられる。しかし、例えば欧州評議会サイバー犯罪条約では、単純所持については留保を認めており、実際にデンマークが15歳以上の児童を被写体とするものに関して、本人同意のもとでの単純所持について留保している
•セクスプロイテーションが大いに参考になった。-1960年代後期に、アメリカのわいせつ法はスウェーデンの映画『私は好奇心の強い女 (I Am Curious (Yellow) - Jag är nyfiken - gul) 』によって試された。米国最高裁判所は、映画の持つ教育的な背景に基づき許可の判決を下した。そのため1960年代後期と1970年代初期には「白衣の人 white coaters 」と広く呼ばれたいくつかのセクスプロイテーション映画が見られた。これらの映画では、白衣を着た医者が映画の内容の紹介をすることにより、教育的であるという意味合いを持たせたのである。-エクスプロイテーション(搾取)映画の内、特に性的描写を観客からの搾取の手段とする映画。狭義には主に1960年代に独立資本で製作された低予算セックス/ヌード映画を指す。アメリカでは、これらの映画は通常(1970年代、80年代のハードコア主体の成人向映画館の先駆けである)都市部のストリップ劇場で公開された。ソフトコアという用語は、ハードコア合法化の後、露骨でない(実際に性行為を演じてはいない)セクスプロイテーション映画を示すのにしばしば用いられる。ヌードシーンのある映画は、同様にセクスプロイテーション映画のサブジャンルであると、みなされている。
•モンド映画にはあからさまなやらせや事実誤認、配給会社による誇大広告などがつきものだが、深く突っ込まないのが鑑賞時のお作法である。-日本で製作されたモンド映画は、和製モンドである。⇒使えるかも試練。-こうした映画は『世界残酷物語』の原題に倣って「Mondo …」(…の世界)と題された映画が多かったため、後に「モンド映画」と呼ばれるようになった。-モンド映画はヒット企画への便乗を身上とする映画人により製作された。イタリア人を主とする彼らにとっては、英語のナレーションを付けるだけで即世界に売れるモンド映画は恰好の商売の手段だった。彼らはより過激な残酷さや観客をつかむ映像のパワフルさを追求したが、映画がテレビに対して衰退した1970年代半ば以降にはモンド映画ブームは収束し、1980年代前半を最後にモンド映画的なものはテレビの特集番組やレンタルビデオなどに吸収された。似たような便乗映画が多すぎたうえ、海外旅行が一般化したため観客の異国への興味が薄れ、当初の新鮮味が失われ次第に飽きられるようになったこと、即物的な衝撃を求めるあまり製作費のかかるやらせをやめ、本物の死や死体を映したニュースフィルムをつなぐだけの映画へと移行し残酷さが一般観客の許容度を超えるようになったことなどが、モンド映画が劇場から消えた原因であろう。 しかしリアリティ番組の台頭などを受け、2000年代になってアメリカ合衆国ではドキュメンタリー映画の新たなブームが起きはじめている。中には社会の関心の高い問題への便乗や、社会に広がる偏見への便乗を図る映画もあり、モンド映画的なものは再び映画館に戻りつつある。
•映画『思春の森』-「映画史上の中でスキャンダルフィルムの名に値する数少ない古典のひとつ」 (Michael Schmitz)。撮影当時14歳(12歳説あり)のララ・ウェンデルと12歳のエヴァ・イオネスコが、胸・局部を露わにしセックスシーンを演じたことで公開時から問題になる。ヨーロッパでは議論の末、上映中止となる都市もあった。-日本においては1979年に一般上映されている(東宝東和配給)。1999年の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の施行ののち、2001年秋に修正済みのDVD(日本版)が発売されるが、すぐに回収処分にされた。またこのDVDは発売当初、amazon.jpのDVDランキングにおいてトップ30入りするなど、異例の好セールスを記録した。-2007年現在、欧米を除く地域の大部分では少なくとも無修正の形では非合法扱いであると思われる。⇒公共で売りたくば名乗りを上げればよろしい。実名でな(日本)
•コンピュータソフトウェア倫理機構 -この機構の審査をTVアニメにも当てはめればよろしい。

セクハラ
痴漢 
変態
わいせつ わいせつ‐ざい

裸、乳首の規制は全くせずに(流石に陰毛はボカシ有りだが)、セクハラに抵触する表現を18禁でもないのに公開するアニメ作品に猥褻表現の卑猥さに合わせて規制をすればいい。 痴漢行為はまし、セクスプロイテーション度の高さを考えた規制をすればいい。

 第176条「強制わいせつ罪」

 第177条「強姦罪」

 第178条「準強制わいせつ罪」

 第230条「名誉毀損」

 第231条「侮辱」

要するにさ日本の特殊文化、細分精密化が影響を及ぼしているではないのかな? 特殊文化の活動製作は自由だが、公開は欧米並みにすればいいと思う。

トップレス

手ブラ

 ソフトコア:ポルノグラフィのうち、性描写がハードコアほどあからさまでないもの。裸体や擬似的な性行為描写を含みつつも、性行為の直接的描写はないものが一般的である。

ソフトコア・ポルノはハードコア・ポルノと同じく視聴者の性的興奮を企図するものだが、(自慰を含めて)生殖器の興奮、射精、膣・肛門・口への挿入などのハードコア的描写は含まない。ソフトコア・ポルノの中でも最もおとなしい形態のものでは、裸体は手ブラの手法を使って暗示的に描写される。

「ソフトポルノ」と呼ばれるものは、上記中でも、豪華な宝飾品や家具、調度品、等を用い、女性も楽しめるように演出を工夫したものである。
          

着エロ

アダルトゲーム(和製英語:Adult game)とは、性的表現があるために成人向けに販売されているコンピュータゲームソフトのことを指す。通常、18歳未満の者への販売が条例や業界の自主規制[1]により禁じられている。

概要 [編集]
今日のアダルトゲームのほとんどは、Microsoft Windowsをプラットフォームとするパーソナルコンピュータ(PC、以下パソコン)向けソフトとして発売されている。

男性を購入対象とするタイトルが中心であり、コンピュータソフトウェア倫理機構による公式名称は「R18ゲーム」であるが[2]、俗に「エロゲー」「エロゲ」とよばれる。「美少女ゲーム」という呼び方もある。ただし、「美少女ゲーム」という場合には、性的表現のない非18禁のギャルゲーを含んでよばれる事もあるほか、女性プレイヤー向けに男性キャラクターの同性愛を描いた「ボーイズラブゲーム」、女性視点で描かれる「18禁乙女ゲーム」もあるので、「アダルトゲーム=美少女ゲーム」の図式は当てはまらない。この他に男性プレイヤー向けに少年愛を描いた「ショタゲー」もある。

ゲームジャンルは、アドベンチャーゲーム・ビジュアルノベルが圧倒的に多く[3]、育成シミュレーションゲーム・シミュレーションRPG・アクションゲーム・RPG、シューティングゲーム等は珍しい。このため制作は、家庭用ゲームと違い高価なライセンス権や開発専用機器(例:ゲーム開発専用ワークステーション)等を購入する必要がなく、パソコン及び汎用ソフトウェア開発キットで開発されている。日本では海外に多い実写映像や3次元コンピュータグラフィックスをもとにした作品は少なく、マンガ・アニメ調の平面的な2次元コンピュータグラフィックスによる静止画像が主流である。受動的に鑑賞するアダルトビデオやヌード写真とは異なりインタラクティヴな体裁を取り[4] 現実の代替物ではなく独立したリアリティであり「萌え」、「感動」、「ノスタルジー」などとコミになった性的満足として存在している [5]。このことが、マンガ・アニメのサブカルチャーと結びつき、資金や人材の乏しい者が創作を行う場として定着し「成人向け作品として必要量の裸を出しておきさえすれば、後は自由に創作意欲を満たせる」という、かつての日活ロマンポルノの諸作品と類似したシステム構造を持つに至り、日本のおたく文化の一翼を形成している。また、資金や人材が豊富であっても、家庭用ゲーム機の規制が小説や映画より厳しく、性行為の概念自体を入れることができない(キスまでは許されるが、恋人同士が同衾するといった、"匂わせる"ことは規制される)ため、古典的なロマンス形式の作品を表現するにはエロゲーとして作成せざるを得ないという事情がある。

販売に当たっては、メーカー間の自主規制や各都道府県の青少年保護育成条例等により、18歳未満の人物が購入することのないよう販売店における陳列の分離や販売時の年齢確認を徹底するよう通達がなされている。

歴史 [編集]
アダルトゲームの、歴史に関する部分を解説する。

創生期(1980年代) [編集]
1980年代はPC-9801シリーズを初めとする国産パソコンによって、パソコン市場が拡大しており、拡大する市場を狙って勃興したソフトウェアメーカーにより様々なコンピュータメーカーがゲームソフトを開発・発売、この中でアダルトゲームも制作された。しかし、この当時のパソコンでは、8色ないし16色といった表示能力から、専ら塗り絵ないしアニメ調の絵との親和性が高い半面、写真のように取り込み画像の再現性は著しく制限を受けるという性能的限界もあって、ビットマップ画像などラスタ形式ではなく、ドローイングに頼ったものであった。その結果、グラフィックや、まして音声で性的興奮を煽るようなものではなく、単に性的な事象を画像と文章で連想させる程度であった。

8ビットパソコン用ソフトとして発売された『ナイトライフ』(1982年 光栄マイコンシステム(現:コーエー))が「性」を取り扱った最初のソフトウェアとなる。ただし同ソフトウェアは、受胎期間の計算や体位の解説を行う「夫婦生活をサポートする」ためのユーティリティであり、性的興奮を目的としたものではなかった。

しかし「性」という日本社会では「秘め事」として余り表立って扱われることのない内容に関した同ソフトウェアが確実な売り上げを出し、ソフトウェア業界にはその方面の需要が潜在的に存在していることが印象付けられた。このため、エニックス(現スクウェア・エニックス)[6]など後にコンシューマーゲームで名をはせるソフトメーカーから、PSK(パソコンショップ高知)・九十九電機のような現在のパソコンショップもアダルトゲームの制作・販売に参入、より性的な内容に特化したソフトウェアの開発が進み、翌1983年には10本以上のアダルトゲームが販売された。1980年代半ばにはアダルトゲームの制作販売を専門とするジャスト、チャンピオンソフト、キララ等のソフトメーカーが現れ始めた。そして現在のアダルトゲームの元祖といわれる『天使たちの午後』(1985年 ジャスト )が登場し、アダルトゲームにキャラクター性とストーリー性盛り込むという形式の原型が生まれた[7]。しかし、当時はまだゲームオーバーが存在したり、話の流れがだれしも一様であったりと物語としては稚拙な面も存在した。

また、同時代にはこのほかに脱衣麻雀に代表される”コンピューター版野球拳”のようなゲームもあり、ゲームの内容とは無関係に性的画像を表示させ、その一点のみをもってアダルトゲームに分類され、専用のコーナーに陳列されていた製品もみられる。このジャンルではゲームセンターにおいて、『スーパーリアル麻雀PII』(1987年 セタ )がヒットし、「脱衣もの」というジャンルが確立された。

この時代、社会一般の認知度は特殊な再生媒体によるポルノ作品で「ほぼ無視ないし無名」といった状態であった。このため業界共通の性的描写に関するガイドラインは存在せず、性的描写は各企業の裁量に任されていた[8]。しかし、1986年に、刑法177条(強姦罪)からタイトルを取った『177』(マカダミアソフト=デービーソフトの一部門)が、草川昭三により国会で取り上げられたことにより次第にアダルトゲームは問題視されるようになる、そして1988年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件や、それに端を発した有害コミック騒動によってポルノ業界そのものへの批判が強くなっていく。

1990年代前半 [編集]
1988年-91年頃には、16ビットパソコンの技術がある種の集大成を迎えた。ハードウェア的には、PC-9801シリーズが日本国内で販売されているPCのシェアで圧倒的となる。1986年発売のPC-9801VM21以降はグラフィック、効果音、記憶媒体の性能がそれ以前に比べ向上し、またの事実上のOS統一化などによる移植性の向上、製作に関する機器(スキャナ、グラフィックソフト)の値下がり等が、作り手側にとってゲームが製作しやすい環境となった。デジタル的だった色合いもアニメ的な色合いが出しやすくなった。

そのためか、製作本数が以前より増え、多種多様なアダルトゲームが販売されるが、その中で一部の作品が過激化し始めた[9]。しかし、1991年に中学生がアダルトゲームを万引きしたことにより業界への非難が高まり、制作企業の社長がわいせつ図画販売目的所持で京都府警に逮捕される事件、「沙織事件」が国会にも取り上げられたこともあり、事態を重大に捉える動きが生まれた。こうしたことから、業界による自主規制団体が立ち上げられることとなり、コンピュータソフトウェア倫理機構が設立された。

この逆風の中で非アダルトの美少女ゲーム『プリンセスメーカー』(1991年 ガイナックス)と、『卒業 ~Graduation~』(1992年 ジャパンホームビデオ)が登場した事で、パソコンゲームに育成シミュレーションゲームという新たなジャンルが加わり、「美少女が題材でも面白いゲームが作れる」・「CGでもマンガ・アニメに劣らない魅力的な美少女が表現できる」ことが提示された。この事がアダルトゲームにも大きな変化をもたらした。

この中で頭角を現したのがエルフで、1992年12月にリリースされた『同級生』は10万本を越えるベストセラーとなった[10]。この作品は当初シミュレーションゲームの要素を取り入れたナンパゲームとして企画されていたが、各ヒロインに個性とHシーンに至るまでの恋愛ドラマを盛り込んだ結果、それまでのアダルトゲームのイメージを覆す恋愛ゲームとして評価された。

そして『同級生』のドラマ性を参考にして開発された非アダルトの美少女ゲーム『ときめきメモリアル ~forever with you~』(1994年 コナミ)が家庭用ゲーム機市場にて大ヒットした事により、コンピュータゲームにおいて美少女ゲームが次第に市場に認知され、その中でアダルトなシーンまで踏み込むものとしてアダルトゲームが知られるようになる。

1990年代中頃 [編集]
この時期はハード的にはPC-9801シリーズとPC/AT互換機の端境期に、ソフト的にもDOS系のOSからGUIのWindowsへの移行期となっていた。この頃のアダルトゲームは「どうゲームとして面白くするか」が試行錯誤された時期であった。その中で、プレイヤーの選択によって異なる物語と結末が訪れるマルチシナリオ・マルチエンディング形式のゲーム『弟切草』(1992年 チュンソフト )がスーパーファミコンで発売されヒットする。この作品のシステムはアダルトゲームにも大きな影響を及ぼした。その一方で『SM調教師瞳』(スーパーファミコン)や『しあわせうさぎ』(PCエンジン)などの家庭用ゲーム機対応の「裏ソフト」と呼ばれる物が発売されたのもこの頃である。

アダルトゲームでマルチシナリオを確立させたのは『河原崎家の一族』(1993年 シルキーズ)である。その後、『DESIRE ~背徳の螺旋~』(1994年 シーズウェア )・『EVE burst error』(1995年 シーズウェア)へと発展してゆく。

また、マルチシナリオ以外ではファンタジーアドベンチャーとウォーシミュレーションの融合『ドラゴンナイト4』(1994年 エルフ)と、本格的ダンジョンRPGの『闘神都市II』(1994年 アリスソフト)がリリースされ、以降1995年に迷宮脱出推理アドベンチャーの『遺作』(エルフ)、マルチシナリオの『夢幻泡影』(アリスソフト)、1996年にはマルチシナリオの『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(エルフ)、地域制圧型シミュレーション『鬼畜王ランス』(アリスソフト)をリリースと、エルフとアリスソフトの2社を中心とした開発競争が繰り広げられ、「西のアリスソフト、東のエルフ」[11]と呼ばれるようになった。

しかし、この中で発展を遂げてゆくのは、より恋愛物語色を強めた『同級生』の後継作『同級生2』(1994年)で、以降のアダルトゲームはセックス描写を含む恋愛物語要素やシナリオを重視した、選択肢とイラストが付いた読み物とでも言うようなトレンドに傾いてゆく。

1990年代後半 [編集]
技術面では、1995年のWindows95シリーズのヒットや、パソコンの低価格化によるパソコンユーザーの増加と、技術開発や記録媒体の大容量化による画像、音楽表現能力の著しい向上が見られるようになるが、1999年に成立した『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』によりアダルト・ポルノ業界に対する規制が強化され、対応が迫られるようになる。そんな中、テレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』・『新世紀エヴァンゲリオン』・『カードキャプターさくら』の大ヒットと、いわゆる「オタク」と呼ばれる層の漫画・アニメ市場が拡大した時期であり、アダルトゲームはその流れに乗る形で発展するようになる。オタク文化と呼ばれる文化の一翼を担いメディアミックスも活発になっていく。こうして純粋に性的興奮を目的としたアダルトビデオ等とは異なる道を進むようになる。

この流れを作った初めの作品は『Pia♥キャットへようこそ!!』(1996年 カクテル・ソフト)である。ゲームシステムは『ときめきメモリアル』の簡易・縮小版とでもいうものであったが、徹底して美しさ・エロさより可愛らしさを追求したキャラクター作りと等身大のラブストーリーが話題を呼び、翌1997年に発売された続編『Pia♥キャロットへようこそ!!2』で10万本以上の大ヒット作となった。この作品の人気は後に秋葉原から始まったオタク文化の代名詞的存在、「メイド喫茶・コスプレ喫茶」のアイディア母体にもなっている。

ゲーム性をばっさりと切り捨て、ビジュアルとストーリーそして音楽を重視した「ビジュアルノベル」と呼ばれる形式の作品が出るのもこの頃である。1996年Leafは、『弟切草』を参考に、ビジュアルノベル第一作 『雫』を制作。続いて、同じコンセプトの『痕』を同年発売。インターネットが普及してない時代であったが、パソコン通信や口コミで広まりヒットし、ゲーム性からストーリー性への変更が業界に定着した。翌1997年に出た『To Heart』は、日常が舞台の恋愛ゲームとしてアダルトゲームの枠を飛び越え、家庭用ゲーム機移植化・アニメ化漫画化などのメディアミックスが図られた。プレイヤーの好みのキャラクターを用意するため、幼馴染・活発・無口・外国人などの定型的なキャラクターの先駆けでもある。

Leafとは別の方向でストーリー重視を打ち出して成功したのが『ONE 〜輝く季節へ〜』(1998年 Tactics )で、ラブストーリーに感動できる要素と泣ける要素を盛り込み、それを音楽によって高める演出の秀逸さで人気を集め、後に「泣きゲー」の元祖作品とされた[12]。この方向はのちに製作スタッフの一部がビジュアルアーツに移り旗揚げした新ブランドKeyの第一作『Kanon』(1999年)、第二作『AIR』(2000年)が立て続けに大ヒットとなった。

『Pia♥キャロットへようこそ!!』・『To Heart』・『Kanon』の三作品の大ヒットは、コミックマーケットを中心とした同人・コスプレイヤー達の興味を引き、ここから女性ユーザーを獲得する事に成功、アダルトゲームはアダルト・ポルノ業界で異色の存在となってゆく事になり、恋愛ゲーム主流という業界の流れをつくりだした。

2000年代前半 [編集]
2000年代にはいると、アダルトゲームは漫画・アニメに次ぐキャラクター産業の色彩を帯びるようになり、主題歌を歌う歌手がアルバムを発売したり、テレビアニメ・漫画・ラジオ・カードゲームなど他の業界でも、アダルトゲームを元にした商品が製作されることになる。また、日本国外への進出も、姫屋ソフト、Studio e.go!など一部メーカーによって、早い段階からアメリカ、台湾等日本国外の市場を意識した商法も行われている。

同人誌即売会コミックマーケットにおいて、2000年冬に登場したオリジナル同人アダルトゲーム『月姫』(TYPE-MOON)と、2002年夏に登場したオリジナル非アダルト同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』(07th Expansion)が共に10万本以上の大ヒット・同人原作作品の商業メディアミックス化となり、業界に大きな影響を与え、前後して多くの同人サークルが商業ブランド化されるようになった。

1990年代後半から拡大した「泣きゲー」とは正反対に、嫉妬・すれ違い・失恋・修羅場といった恋愛における「負」の部分も描き出す作品が出始めたのがこの時期である。実写ドラマさながらのドロドロの三角関係を描いた『君が望む永遠』(2001年 アージュ)は「鬱ゲー」というジャンルを開拓した。

純愛系ではソフ綸の規制強化を逆手に取るように、義妹・幼馴染・いとこ(主に従兄妹)がメインヒロインの作品が急増。その中で『みずいろ』(2001年 ねこねこソフト)、『D.C. 〜ダ・カーポ〜』(2002年 CIRCUS)が相次いでヒットした。

一方老舗のメーカーでエルフは鬼畜・凌辱物の『臭作』(1998年)・『鬼作』(2001年)といった純愛以外の作品や、ライトノベル作家あかほりさとる原作で、萌え重視・メディアミックス重視の『らいむいろ戦奇譚 ~明治日本、乙女 防人ス。~』(2002年)を送り出す。もう一方の雄アリスソフトはあくまでエロさとゲーム性を重視した作風の『大悪司』(2001年)、『ランスVI-ゼス崩壊-』(2004年)といった作品や、希望小売価格が2800円の『妻みぐい』(2002年)で低価格路線を打ち出して新たな流れに対抗した。

2000年代中盤~現在 [編集]
高速インターネット回線の普及により、ダウンロード販売が普及するようになり、販売数は2004年には2万本だったが翌2005年には17万本と急増している[13]。ダウンロード販売により旧作の購入も容易になった(ダウンロード販売の沿革や状況に関する詳細はダウンロードゲーム#アダルトゲームにおける展開を参照)。また、動画共有サイトでの宣伝・広報活動も拡がりを見せている[14]。 インターネット「2ちゃんねる」の書き込みから始まった『電車男』のブームや『メイド喫茶』ブームによって秋葉原やオタクが注目され、メディアミックスされたアダルトゲームもさらなる発展を迎えるかに見えたが、2005年にいくつかのヒットを飛ばしたねこねこソフトが休止、2006年にアダルトゲームの家庭用ゲーム機移植を手掛けたKIDが倒産となり、この業界が右肩上がりではないことを示した。また2005年の野田聖子の呼びかけによる『少女アダルトアニメ及び同シミュレーションゲームの製造・販売に関する勉強会』など業界に対する規制強化の動きや、国際人権団体の「イクオリティ・ナウ」が抗議活動を始めるなど外圧、さらにテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の大ヒットにより美少女もののメディアミックスの中心として新たにライトノベルが注目されるようになるなど、業界を巡る環境は厳しいものとなっている。

戦闘シーン、登場人物、武器、ストーリーを重視した萌えゲーならぬ燃えゲーも出始める。『斬魔大聖デモンベイン』(2003年 ニトロプラス)は巨大ロボットに搭乗し、悪の組織と死闘を繰り広げるというストーリーで、『あやかしびと』(2005年 propeller)は人間にして妖怪の能力を持ったキャラクターの生き様を描いていて、『マブラヴオルタネイティヴ』(2006年 age)は人型ロボットで人類に敵対的な地球外起源種と戦うという話があった。恋愛ゲームでは主人公がプレイヤーを投影しているため、顔が見えなかったり、個性が薄かったりすることがあった。また恋愛ゲームという性質上、男性キャラクターに割く割合がせまかった。「燃えゲー」では戦闘シーンが主におかれ、主人公も含めた男性キャラクターが活躍し、人気投票で女性キャラクターよりも上位にくることもあった。

また(2004年)はTYPE-MOONの『Fate/stay night』が大ヒット。ここにおいても製作者がアダルトシーンは「サービス」と言い切るように、アダルトシーンの軽視は行われている。

より売れる作品をつくるために、方向性を変える会社もでてきた。好例が同じ会社、同じシナリオライターが制作した『姉、ちゃんとしようよっ!』(2003年 きゃんでぃそふと)からその続編である『姉、ちゃんとしようよっ2』(2004年 きゃんでぃそふと)、そして『つよきす』(2005年 きゃんでぃそふと)への内容の変移であろう。性的描写が多く、ストーリー軽視傾向にあった1期作に比べ、2期、『つよきす』へと移り変わるにあたって、ゲーム自体のサイズは増えているにもかかわらず、性的描写が量的に少なくなる傾向にあり、また比較的後半におかれていた。『つよきす』は地上波でアニメ化・コンシューマ化など、前者とは違いメディアミックスにより、大衆化もした。陵辱ゲームで有名だったスタジオメビウスは、純愛ゲーム『SNOW』(2003年)を発売し、ヒットした。

アダルトゲームと規制 [編集]
アダルトゲームに関する、日本国内の社会一般における議論や、表現の自主規制について解説する。

規制の概要 [編集]
アダルトゲームの規制に関する意見の中には、一部に感情論的な側面が含まれ、他方では明確な論拠を持たない、ないし意図的に誤解を誘うようにされているものすら見られる。これらには、過去の犯罪行為に対して忌避感を抱く側の拒絶反応または嫌悪感や、あるいは制作者の利害関係、ないし愛好者の規制に対する危機感が、密接に関連していると言える。

またマイナーカルチャーないしサブカルチャーの常として、これを包括的に研究する社会学や心理学、あるいは犯罪学の研究者も稀であり、この議論に明確な正解を提示できる者は、現在の所として見られない。このため、規制の賛成派と反対派の議論は、ほぼ双方の平行線に終わっており、現状に於いて決着がつかないのが実情である。加えて双方の話し合いの場すら、一部のインターネット上のコミュニティを除けば、皆無といえるような状況である。

他方では、社会的圧力から販売禁止による損害を恐れるゲーム制作企業が、様々な迂回策や自主規制を行う傾向も見られる。日本における表現の自主規制は学識的・理知的な裏付けがない場合や、団体各々の主観で判断している部分がある。その対象・程度にばらつきも見られ、客観的に何処までが容認されるのか、何処からが規制されるのかと言う面で、レーティング設定も業界ごとに規制対象がまちまちであり、規制導入側にしても、その影響を被る側にしても混乱を招いている。この状況を打破する目的も含め、2006年4月経済産業省はCESA、ソフ倫、日本アミューズメントマシン工業協会、映倫管理委員会、日本ビデオ倫理協会と映像コンテンツ倫理連絡会議(仮称)において審査基準・表示の一本化を提言した[15]。

なお、規制強化の問題は、エロゲーに対し「性行為の描写があるゲーム」か「性行為の描写を目的としたゲーム」かの区別を明確にする必要があることに注意しなくてはならない。エロゲー自体は「性行為の描写があるゲーム」全般を指し、それを重視するとは限らない(エロゲーは小説や映画と比べて規制の歴史が特殊であり、それらの官能物より遙かに広範囲である)が、その特殊性を知らずに混同してしまい、後者のみであると考えられることもある。 こうしてエロゲーの概念を狭めることは、シナリオやキャラクター、テーマ性によるドラマや筋書きを考慮にいれず、それぞれの作品を単純化してしまい、抽象的・短絡的な論を生む原因の一つとなっている。

規制に関する歴史 [編集]
2005年現在において、日本では同年2月には45本発売されるなど(PC Angel2005年5月号による)多数のアダルトゲームが発売されている。『ナイトライフ』(光栄マイコンシステム 1982年)が始祖とされるこれらのゲームには、業界共通の性的描写に関するガイドラインは存在せず、性的描写は各企業の裁量に任されていた。なお、ナイトライフ自体はどちらかと言うと「夫婦生活をサポートする」ためのユーティリティ的なソフトウェアであり、直接的な性的興奮を目的としたコンピュータゲームではなかった。しかし同作品のヒット以降、着実に性的興奮を目的としたコンピュータゲームが、当時表現力が次第に向上した8ビットパソコン向けに盛んに販売されるようになった。

これら成人指定の性的描写を含むコンピュータゲームの多くは、個人でもソフトウェア開発環境を揃え易いパーソナルコンピュータ向けの作品となっており、当初の市場はマニア・おたく向けの微々としたものであった。このため一般からは特殊な再生媒体によるポルノ作品としてのみ扱われ、1980年代末までのこれらゲームに対する一般の販売店での扱いは極めて無頓着なもので、販売店によっては商品であるこれらソフトウェアのパッケージは「店の入り口からでも見えるような位置」に堂々と陳列されていたり中高生ですらこれを購入する事になんら制限は見られなかったほどである。社会一般での認知度も「ほぼ無視ないし無名」といった状態であった。

だが、次第にアダルトゲームは問題視されるようになる。1986年には、刑法177条(強姦罪)からタイトルを取った『177』(マカダミアソフト=デービーソフトの一部門)が、草川昭三により国会で取り上げられた[16]。そして1988年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件や、それに端を発した有害コミック騒動によってポルノ業界そのものへの批判が強くなっていく。

1991年、中学生が成人向けゲームを万引きしたことにより、成人向けゲームへの非難が高まり、製作会社の社長が京都府警に逮捕される事件が起きた。のちに沙織事件と呼ばれるものである。国会にも取り上げられたこともあり、業界全体に事態を重大に捉える動きが生まれた。翌 1992年には、業界団体の社団法人日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(JPSA)が18禁シ-ルを作成し、希望する企業への販売を開始した。一方、『電脳学園』(ガイナックス 1989年)が宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例に基づき有害図書指定される[17]。

沙織事件や宮崎県での有害指定をうけ、自主規制団体の必要性が叫ばれるようになり、1992年10月に自主規制団体のコンピュータソフトウェア倫理機構が設立された。他の分野では1990年にコミックマーケットが幕張メッセを使用できなくなる事件、それに伴いコミックマーケットでの性的表現自主規制が強化される事件が発生し、非実写性表現のあり方を問われた時代でもあった。

1996年には『子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議』がストックホルムで開催された。この会議で日本人によるアジアでの児童買春と、日本国内で大量につくられる児童ポルノに対して非難が起きる。これに対して日本は法整備、取り締まりの強化を表明した。これらでは当時の日本においておたく向けの商業作品群に、所謂「アニメ風の女の子(→萌え絵)」を使っての性的興奮を煽る事を目的とした物が多く見られ、市場もそれら作品の傾向に寛容であった事も、同規制による議論の対象に挙げられている。特にアダルトゲームは、かなりの比率をこの「アニメ風女の子」を使った作品が占めている。

1999年は超党派の国会議員によって『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律案』が提出され、成立した。法案段階では『児童ポルノ』の範疇に「絵」が含まれていたことから[18]、業界筋やユーザー筋でも大きな論争になった。修正され『絵』は対象外になったが、3年後に見直しを行うことを明記した。

2005年4月には、野田聖子の呼びかけにより、『少女アダルトアニメ及び同シミュレーションゲームの製造・販売に関する勉強会』が行われたが、この勉強会自体は大きな話題になることはなかった。

2006年4月10日に日本テレビはNNN NewsリアルタイムおよびNNNきょうの出来事において、「アニメやインターネットに溢れる性や暴力に関る情報が、子供を標的にした事件に結びついている可能性がある」として警察庁が新たな規制に動き出した事を報道した。この報道内容について、視聴者から「偏った報道である」等の反論が寄せられた。

2008年に入り、日本ユニセフ協会を中心にアニメ、漫画、ゲームソフトおよび18歳以上の人物が児童を演じるものを含む児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したものを「準児童ポルノ」として違法化することなどを柱とした「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンが開始された[19][20][21]。国会では児童ポルノの規制強化を目的として、性表現色の濃い漫画・アニメ・ゲームといったフィクション作品の単純所持をも規制対象に含める改正案を検討し始めた。

2009年にはいると『レイプレイ』(2006年 ILLUSION)が英国国会で取り上げられ[22][23]、ニューヨーク市議会でボイコット運動が起きた[24]。5月には国際人権団体の「イクオリティ・ナウ」が抗議活動を始めるなど日本国外でアダルトゲームが問題視された[25]。この動きは日本にも波及し『レイプレイ』の発売元が取り扱いを中止した[26]。公明党が秋葉原での販売形態を視察した[27]ほか当時与党であった自民党が「性暴力ゲームの規制に関する勉強会」[28][29][30]を立ち上げ、罰則規定を含む法体制の整備を提言する[31]など政治の動きが活発になった。

コンピュータソフトウェア倫理機構は、このような状況の下6月に開催された会合で「レイプなどの性暴力を扱うゲームソフト」の製造・販売を禁止[32]パッケージに日本国内専売の明記[33]などの規制の強化を決定した。また、minoriなどいくつかのブランドは公式サイトへの日本国外からの接続を切断した[34][35][36]。

特定表現の自主規制 [編集]
近親相姦描写 [編集]
1980年代は業界に明確な規定は存在せず、作ろうと思えば近親相姦ゲームは作れる状況にあった。しかし、1991年沙織事件が起こった後、近親姦に関する規制は強まった。問題となった『沙織』には兄妹と父娘の相姦画像が幻覚という設定ではあったが含まれていた。

ソフ倫が設立されたのは沙織事件の後であるが、その大まかな指針として近親相姦の描写のあるゲームの規制を行っていた。しかし、この時点では正式には規定されておらず、それほど過激でなければ許されており、通過する作品も少なくなかった。当時の作品としては兄妹相姦の描写のある『夢幻泡影』(アリスソフト 1995)、『魅惑の調書』(BLACK PACKAGE 1996)、『アトラク=ナクア』(アリスソフト 1997)などの作品があるが、当時は近親相姦そのものよりもストーリーや性描写の方が重視される傾向にあった。ソフ倫を率先していたD.O.すら『雑音領域』(D.O. 1996)で兄妹相姦を扱っていた。シーンはないが『雫』(Leaf 1996)でも兄妹相姦は話題にされていた。

だが、1998年12月に発売された、父と息子、母と息子、妹と兄、姉と弟の相姦という過激な話を取り扱った『コ・コ・ロ・・・』(アアル 1998)が販売禁止処分を受け回収され事態は急変する。この作品は、近親相姦の相手を義理の関係にして再発売され、後のゲームにおける近親相姦のパターンに大きな影響を与える事になった。義理であっても傍系血族であるから近親に分類されるが、近親婚の禁止について民法第734条の但し書きに養子の異性(傍系のみ)とはこの限りではないとあるため、婚姻は可能で公序良俗に反しないとされたのである。

『コ・コ・ロ・・・』の販売禁止の半年後の1999年6月22日、コンピュータソフトウェア倫理機構・倫理規程の改定にり、近親相姦描写の禁止は成文化された。これは1999年11月に施行された児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律に対応したものであった。同時に同性愛の表現も規制されたため、弟や兄や父との近親相姦の描写も困難となった。ちなみに、近親相姦の描写については、この時点で官能小説や成人漫画においては不可ではなかったが、AVでは日本ビデオ倫理協会が禁止事項としていた。

この直後、『シスター・プリンセス』のヒットにより、いわゆるメディアミックスにかかる分野全般で「妹ブーム」と呼ばれる現象が起きた。もっとも「妹ブーム」とはいっても、先駆けとなった『シスタープリンセス』をみてもわかるように、ブームとなったのはあくまでも"義理"の妹だった。義理の妹はソフ倫でも禁止していなかったため、ブームにのっていくことになる。結果として『みずいろ』・『D.C. 〜ダ・カーポ〜』などを筆頭に、義理の妹を前面にだした作品が売れる。一方、かつてはそのまま出せたゲームも移植などの再発売では規制の対象となり、父娘相姦のシーンのある『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(elf 1996)もWindowsに移植される際に伏字だらけになってしまい、興趣を大きく殺がれるものとなってしまった。他にも前述の『雫』がリメイク発売される際には、規制に適合させるため、義理の兄妹という設定に変更された。ソフ倫の審査を通さずに出したゲームでは21禁の『実姉妹 ~濡れた相姦図~』(ANALOG FACTORY 2002)が存在したが、ゲーム内容の評価は高くなく、ソフ倫非審査を理由にゲーム流通にもあまり乗れなかった事から話題性に欠ける事となった。ソフ倫を通過した作品であっても、『腐り姫』は近親相姦を直接的に描かずに仄めかすに留めることで発売され、好評を博した。

他方、この頃から近親相姦を扱った官能小説のライターなどの働きかけをきっかけとして、ソフ倫加盟メーカーの間に規約改定を要求する風潮が高まってゆく。また、2003年にメディア倫理協会(メディ倫、現在のコンテンツ・ソフト協同組合の前身)との業務競合が始まると、メディ倫がゲーム向けに定めた規制内容との比較などからソフ倫は過剰規制という批判にさらされる事になった。さらには、表向きは別としても実態として顧客メーカーのメディ倫への流出を恐れたソフ倫が、それまでの規制の再検討を行う事態に発展してゆく。この結果として、規制の箍は徐々に緩み始め、仮想世界における兄妹相姦を描いた『こころナビ』(Q-X 2003)や、脳だけ姉という設定で展開される『タナトスの恋 〜淫姉弟相姦〜』(Red Label 2003)が発売された。また一方で義理の弟との兄弟相姦の描写のある『恋する妹はせつなくてお兄ちゃんを想うとすぐHしちゃうの』(CAGE 2003)が発売されるなど同性近親相姦の規制も緩まっていく。一方同人でも2004年6月『夏の燈火』(Circle Mebius)などから兄妹相姦を扱うものが現れ始めた。

そして、2004年秋に規約が改定され近親相姦の描写は解禁となった。

現在は近親相姦描写においてもニーズの多様化が起こっており、実の妹のみならず実の姉や実の母を対象としたゲームも存在しており、一定の売り上げを確保している。だが、義理の関係を扱ったゲームがそのストーリー性でメディアミックスが好調であったのに対し、こちらはメディアミックスに関しては低調である。近親姦をテーマにした作品は少女漫画ではかなり著名なものが多いが(例:『天使禁猟区』『罪に濡れたふたり』『僕は妹に恋をする』)、アダルトゲームの場合は精神的葛藤や苦悩がさほど描かれず、即物的にその背徳感を楽しむのが主眼であるものが多い、あるいは前述の『コ・コ・ロ・・・』などのように、家族虐待による精神障害の悲劇といった、よりショッキングな問題を描くためか、アダルトゲームのプレイヤーたちの間すら広範な一般受けはしておらず、好き嫌いがはっきりと分かれる傾向が強い。

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