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秦戦紀

  • Sample01
     歴史大作漫画「キングダム」全感想記事を戦争毎にまとめた目次録。リンクを張る場合はコメント欄に一言あるように。
     ◆目次解説並後書 
     

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2016年1月31日 (日)

旧記

2009軍機房①

0101

 

> 定量的戦史資料の統計が得られても「機密」で手に入らない。

 

 その反面、太平洋戦争時のベテランパイロットが操るゼロ戦に対抗したのは、平凡なパイロットの一撃離脱。兵器の特性を生かした戦い方は学べるはず。太平洋戦争で400人のベテランパイロットを失ったら、敵が使っている一撃離脱戦法を、日本も集団で運用する発想は出なかったのでしょうか?
 ベトナム戦争の航空戦では、一撃離脱戦法でアメリカ軍機を苦しめています。やはり、民族性が戦い方を拘束したのでしょうか。政治家が軍事に介入してベトナム側の基地を攻撃できなかったことを考慮すると、「政治の介入は敗北の卵」の原則は確実ですね。

 

日本の愚かな大使が国連で戦争における損害と戦力回復の情報公開を求めて戦争学の無知を曝した。英国の代表が損害や戦力回復は国家の最高機密で公表する国はありませんと一蹴した。
 自然科学と社会科学の違い、戦争学の違いぐらいは知ってほしい。損害にかかわる情報を得ることは、各国軍事情報部の主たる情報要求の一つである。

 

戦闘機のパイロットは、10回連続・繰り返し出撃すると、10名中8名までが何らかの心的・肉体的障害を受けて、11回目の出撃ができなくなる。彼らは、戦闘機の爆音の聞こえない静かな環境でリハビリして12回目の出撃に備える(スェーデン戦略研究所が第二次世界大戦以降の世界のデータを20年以上かけて調べた成果)。スェーデンの戦闘機のパイロットの養成数は、このデータを基準とし、航空基地の整備に役立てている。西表島周辺が基地になり得べくもない。作戦的には台湾の背後を守る要点ではあるが戦術的「泊地」が限界だろう。一飛行場に配置できる作戦機数は、作戦的に最大50機。パイロットは最大200。小さな島の飛行場は集中攻撃を受けると、その損害は作戦に致命的影響を及ぼす。第二次世界大戦では「あ」号作戦において日本軍は約400名のベテラン・パイロットを失った。この損害は戦争の行方を決定したと観察してよい。

 

  NHKで「美の壷」ってのをやっている(^o^)日本民族とその文化がいかに高度なものかに感心する、、、

 

 日本人は杯の見込みとか汚れとかひび割れとかその中に「美」を見つける
シナチョンは技術的にすぐれていてきれいなものを受け入れそれ以外のものを排除しているwww

 

 じゃ、日本人はなにを見ているのか?「生命」そのものを見ているとしかいいようがない
だから、汚れに美を、壊れたものに美を、古びたものに美を、見つける、、きれいなものをきれいと言うのなら幼児でもわかる。そこが、日本人の恐るべき力と文化の高みなのだ(^o^;)

 

   0102

 

他の学問と違って戦争学では「人間の性(さが)」について一切の理想・願望などの仮説を設けないないで、現実的に認識することが基本になる。「すべて人間の言動は策謀(Operation)か、錯誤・幻想かも――」と認識し、その霧の中でそれでも人間の言動に関する認識の足場になるものは何かを見出すところから戦争学の研究が始まる。
 希望的観測や仮説・仮定を入れないで思考を詰めることは、本当に厳しい。「≒」・「=」も「≠」もない。精々不等式「≦」と「≧」で考えを進めざるを得ない。もっとも気をつけなければならないことは「敵はナポレオン。俺より策謀に長けている」と考えることを忘れないことである。ちなみにナポレオンの得意技「内線作戦」は合理主義者では成り立たない論理で造られている。少なくとも相手方に関する情報は、ほとんど等式事実として認識しない(不等式で認識する)ことが戦争学の常識といえるかもしれない。
 その結果、私の思考の欠点で、無能かもしれないが、戦争学をゲゼルシャフト的思考で解を得ていない。多くの場合、ゲマインシャフト的思考で納得している。

 

昨年末から新年にかけてガンの本と新聞雑誌における政治家・学者の論説を手当たり次第に読みまくっている。だが、誰一人として対日軍事的脅威を考慮した意見がない。それでは国際社会に日本は「希望」「野望」も果たせない。それどころか「欲望」すら抑えつけられるだろう。それは国家の尊厳・威信に無関心な国民になり下がるからだ。独立とは、他の花とは違った花であることだ。その色合いと美しさの誇りに対する尊厳が消えれば、花は存在している意味がない。他から見捨てられ、踏みにじられても仕方がない。朽ち果てても同じ。
 ハンチントンが区分した世界の6大文明の一つに数えられている日本文明が消されてしまうのだ。哲学者・歴史家たちは「文明の融合はあり得ない。どちらかの文明が否定されて消え去るのだ」という。日本文明は、その危機の淵に立っていると感じている。
 「力」は独立の主要素。「力」を失えば死が待っている。日本人は「戦争学」を学ぶべきとガンと戦いながら祈っている。一揆の皆さん!、私はガンとの戦いに敗北しても、戦争学の必要性を訴える生き方に敗北するつもりはない。どうか戦争学を普及・啓蒙してください。改めて書棚をひっかき回したら出てきたので紹介しましょう。
  
「戦場心理学(要綱)」故陸軍砲兵中佐内山雄二郎著の要約、
     昭和39年1月、陸上自衛隊幹部学校

 

  定量的戦史資料は定量なので1つの事例に1つの事しか語れない。ちょうど「勝つための状況判断学」を読んでいたけど「力はベクトルで表現できる」と書いてある、すると定量だけでなく定性も両方ある。
 戦闘ドクリン、兵器の質と量、兵站力、戦術能力、士気と練度などとわれわれは基本として知っているじゃないですか、方向自体がたくさんある、立体的だ、、、
ソロモンを含め南方で多くのパイロットが櫛の歯が抜けるように亡くなられた、朝出撃したら昼ごはんにはいない、アメ公はある出撃数に達したら休暇があった
こんな事を突き詰めて考えていくと海軍の人事にすら考えが及ぶ、、、

 

 「戦場の摩擦」だけは予見しようがない。考え、準備できないから「摩擦」なんだw
「状況の4分の3は霧の中」というのは「人間」が考え想定する以上永遠に変わらないですよ、、、

 

 例えば「ひゅうがにがしゃん!」と書いたのは、以前、北チョンのミサイルに対して空自はどう対応するのか?という問題に、空自のパイロットたちはこう言ったそうな、、、
「北朝鮮の基地を空爆します、それで作戦半径を越えるので帰りは燃料切れで日本海に墜落します、脱出しますから救出してください」、、、と。だから、それなら「ひゅうがにがしゃんのほうが良かろう」と言う意味合いで書いた、機体もパイロットも助かる、、、F4が来年から純減する事が本当にいやですね(^o^)
 FA18なら2年で納入できると言う、、、いつできるかわからんF35に金を出すのかいなと思うのです、配備するには10年先になるでしょう?

 

       0103

 

「美しい花には、美しさを守るために何がある?」「棘があるたけではない。毒がある」日本文明が美しさを保つためには、棘も毒も持とう。そうでなければ手折られて捨てられてしまう。花瓶に入れられても3日もケアされない。
 民主主義は「艦長を選ぶ。議長ではない(ペリクレス)」 日本に艦長はいるか? 空虚な言葉の議長だけだ。豪華に見えるチャンコロの毒花に魅せられて”日本の繁栄はシナ大陸にあり”と断言する経済評論家たち。正月3ヶ日の政治・経済評論には、辟易している。

 

弊甲の好きな言葉に「斬り結ぶ太刀の先こそ地獄なれ、たんだ踏み込め! あとは極楽」(宮本武蔵)。今は敵の切っ先さえ定かでない地獄にいますが、敵は霧の中。踏み込みようがない。

 

bottle年末、年始、知人宅に行ったり、元日、後輩と電話で明け方まで話した(^o^)

 

 で、「カントの言う真、善、美はなんだかおかしいですよ」と話すと、「それが、現代文明の行き詰まりの原因なんだよ」と言われた。「真」が価値だと仮定して「1たす1は2」のどこが価値なんだ?それをどう利用するかでしょう?その行き着く先が合理主義、機能主義なのだ、、、

 

 後輩に「民主主義の基本の自由、平等、博愛って間違ってない?自由、平等、尊厳って本で読んだよ」と言った、、、武士道騎士道は尊厳を説くけど博愛は説かない、人様を殺すのに博愛などない!しかし尊厳はある、それが自己犠牲であり、敵に対しての真の寛容と尊敬ではないか!そっちのほうがよほど人生に対して誠実だ、、、
 合気道の稽古を見ていた宣教師が開祖に「合気道の思想はキリスト教に似ている」と言うと大先生が「それは間違っている、相手を加害者にさせず、こちらも被害者にならないのが真の武なのだ」と言った。
 戦後、日本では「命は大切なのよ」とヒステリックに叫びまわって、命を大切にしない社会を作ってしまった、、、命が大切なのではなくて「生命の尊厳」が大切なのだ!
右のほっぺた殴られて、左のほっぺた出す馬鹿がどこにいるwwwいたら偽善者か、考え違いをして人も自分も守れない愚か者だ!今の文明は行き詰っている、そこら辺の思想、価値観が狂っているからじゃないの?

 

          0104

 

cake自分なりに考えた結果を書きます。

 

・中国が配備しているミサイル兵器を使うとすると、台湾有事の時が一番可能性が高い。
・よって、これに対応するために、アメリカとしては、台湾海峡から1200キロ圏(F-15やFA-18の 作戦行動範囲内)に、空軍基地を確保しておかないといけない (1200キロ圏内の東シナ海に空母を常時浮かべておくのはムリがある)
・台湾海峡から半径1200キロの円を描いてみると、中国以外でその中に入るのは、
 フィリピンのルソン島と沖縄本島くらいで、後は八重山諸島のような小島しかない
 (八重山諸島にも下地島に3000mの滑走路があるが、島の規模からしていわゆる
 「基地(ベース)」といえる程の規模の施設は難しそう。せいぜい給油のための中継基地)
・ルソン島からは、アメリカ空軍は既に引き揚げており基地はない。よって台湾有事の
 時に動けるのは沖縄の駐留軍しかいないので、ここを動くわけにはいかない
 (岩国、横田、韓国、からでも1600キロ以上ある。奄美大島からでもキリギリ1200キロを超える)

 

 将棋に例えると「沖縄にいる米軍の飛車角が利いているので、台湾海峡に中国は駒を打てない」ということになる。逆に言えば沖縄から飛車角が動けば駒が利かなくなるので、中国側は喜んで台湾海峡に駒が打てることになる。

 

 こうやって考えていくと「沖縄の基地をグアムに集約」とか「沖縄本島以外に移設」とかいう案は、アメリカ側からすればハナから受け入れられないものであることがよくわかる。結局のところ、同じ沖縄本島の辺野古に移設、が軍事的には議論の余地がある選択肢となる。ただしここにF-15が運用できる2000m超の滑走路を建設できるかどうかは別の話だが。

 

 ちなみに、台湾海峡との大まかな距離は、googleの距離計算サイトを使いました。
結構面白いので皆さん試してみてください。
http://worldmaps.web.infoseek.co.jp/distance_calculation.htm

 

ついしん・・・
この後、なぜアメリカ空軍はルソン島から引き揚げてしまったのか気になって、ネットで調べてみた。もちろん民衆の反対運動を政府が支援したこともあるのだが、近くにあるピナツビ火山が1991年に噴火して、基地を維持運営するのが難しくなったことも理由にあるらしい。天災の思わぬ影響だが、安保上の問題から、やはり米軍基地をルソン島に呼び戻そうとする動きもあるらしい。もしそれが実現すれば、沖縄からの基地移転も実現性が出てくるのだが・・・

 

           0105

 

>どうせなら沖縄から台湾に米軍基地移設すればおもろいのにねw
→実は私も、書き込みを終えた後にそう思いました。台湾側にしても、受け入れを拒否する利用はなかろうと・・・。
 でも、ここで再び将棋に例えて考えてみると、アメリカが空軍を台湾に駐留させるということは、飛車角の駒を敵陣の歩や桂馬が利いている近くまで上げるということになる。そうなると飛車角の駒を相手に取られる(つまり奇襲攻撃を受けて虎の子の航空部隊が壊滅する)リスクが高まるので、やはりある程度退いた位置から睨みを利かせておきたい。

 

 そうなると、やはり沖縄かルソン辺りに空軍を配置するのがよいということになる(ネット上のブログなどでは、「沖縄本島でも台湾海峡に近すぎる」といった意見も見受けられた)。また、相手に対して高圧的な態度に出ることを「高飛車」というが、これは飛車を相手陣地の近くまで上げて威圧する将棋の戦法から来ている。アメリカ空軍が台湾に駐留すれば、中国に対してまさしく「高飛車」になるということであり、それによって台湾海峡の軍事的緊張が高まってしまうのは避けたい、ということでしょう。

 

> 米は本気で中共と戦る気は無いのかということ。
→これはある意味その通りでしょう。イラク戦争の時みたいに、首都まで侵攻して国家元首を拘束し、武装解除までさせるとなると、相手が中国の場合、半端でない人的損害が見込まれます。おまけに中国はアメリカ国債の最大の保有国で、この国家に消滅してもらっては困る面もあるのです。
 アメリカ側のスタンスとしては、あくまでも本州~沖縄~台湾~フィリピン、のシーレーンの治安が守れればよい、ということで、要するに「頼むからおとなしくしといておくれよ」というのが本音でしょう。

 

 多分、アメリカのこの方針はしばらく変わらない気がします。それに対して日本の外務省や防衛省はどういう戦略で絡んでいくのか・・・。大きな期待はできないが、見守りたいものである。

 

bottleおいらは少しだけ冷戦期の事を覚えている、、、マスゴミの報道は今考えるとひどかったw
 おいらは九州だったから、毎月のように対馬沖を浮上航行するソ連の原子力潜水艦の報道を見ていた、軍事評論家は「これはデモンストレーションのため、わざと浮上しているのです」などと言っていたが、冷戦が終わると実は故障して仕方なく浮上していた事が明らかになった。
 NHKなんか「核の冬」なんて番組を作って核戦争が起こると大騒ぎだった、アニメ映画で「第3次世界大戦」とか、アメ公すら「ザ・デイ・アフター」なんて核戦争の映画を作った。小学生だったけどホントに戦争が起こると思っていたwwwその時の周囲の動きと、よく似ているんだよね、、、。

 

 チャンコロが海に出たら、それこそ陸と海の2方面作戦になる。ヒトラーにしろ日本にしろ、そんなもんは成功したためしはないwソ連だって結局、海には出てこられなかった、、、最初の一揆の会かな?閣下が「沖縄の司令が言ってたよ『連中は編隊飛行も出来ないのですよ』って」。
 数年後「閣下、以前そう言われていましたが、今ではどうですかね?」 「そんなに変わらないんじゃない?」

 

 定遠の主砲に洗濯物が干してあった時代とそんなに変わらないような気がするよ(^o^)

 

 冷戦が終わって、蓋をあけて見れば「な~んだこんなことだったんかい」とソ連の状況にあきれ果てた経験がそういわせるのですwww

 

bottleおいらは逆に考えたんだ(^o^)シナは海に出てこないんじゃないかと、、、もう数年前から気になって、南シナ海を押さえられた場合、石油はロンボク周りでとか、食糧はオーストラリア、アルゼンチン、いや国内で200万haサツマイモを植えれば、新エネルギーは?と調べまくったwww
 地勢的にみて日本は大丈夫だ、海を押さえられて困るのはシナの方だ、すると無理に出ていかない方がいい、、、。戦力的にも地勢的(基地のネットワーク)にもシナは進出しようがない。

 

 閣下に聞いたことがある「冷戦の終わりはいつだと思われますか?」
「キューバ危機が終わった頃だろう」
「でも、80年代ソ連海軍は大増強しましたよ」
「兵器の調達や実戦配備にはそれくらいかかるんだよ」
どうも今回もそんな気がするんだけどなwww

 

  NHKの「プロフェッショナル」をやってる(^o^)柳家小三治が師匠の小さんから「おめーのはなしはおもしろくねーな」と言われてすごく悩んだと言っていたwwwすげーいい師匠だなwww心からうれしくなった!

 

 ちょうど「勝つための状況判断学」で名将たちの思考過程を読んだり、戦いの9原則と油彩の製作を絡めて思索していた直後だったのですごくハッとした、、、(それが、油絵の製作と戦いの9原則はちゃんと当てはまるのだw絵描きにも戦闘ドクトリンがあるw) いろんな事を教えていただいた諸先生方のことを思い出し、感謝の思いでいっぱいになった。

 

才能のない弟子に師匠はそんな事言わないよ(^o^)

 

 すべて「勝負」と言う事の原則は同じなのだwww色彩の魔術師と言われたボナールのパレットには最大9色の絵の具しかのっていなかったそうだ。初心者向けの絵の具セットは12色入っている、しかし、数年描いて、12色のせる奴はバカか才能が無いかだw
 俺は最高6色ぐらいだ、そして、おもしろい事に筆を拭く白い布が汚れていい味を出してくる、絵を描いたあとのパレットがバランスの取れた状態でなければそいつは下手なのだ。のせる絵の具だってK社のセピアよりH社のセピアの方がいいとか、K社の絵の具は固練りで好きだ、あそこの速乾剤の方が乾くのが速いなどと自分流になっている。どんなにかったるくても筆を筆洗後、さらに液体洗剤で洗い、リンスをつける、まるで、銃を使った兵士が分解して清掃し油を塗るようなものだ、、、。 これはすべてに通じる!

 

bottle「何でアメ公はルソンを手放したかのう?」とずっと考えていた。沖縄と違って、フィリピン人は米兵に卵ぶつけたり平気でしたwフィリピン上院では安保条約が破棄された、ピナツボ火山は噴火して埋まっちゃうしw「もうええわい、沖縄、グアムがあるからええよ」とお引越ししたのかも知れん、、、で、フィリピン周辺はチャンコロの漁船(工作船)だらけなのだwww

 

 そこまで考えて、「おや?チャンコロの海洋進出ばかり目が行っているが、連中の主敵ってどこだ?」と思い至った。

 

 歴史的にみて、チャンコロの主敵は国境線を接してきた連中だよな、、、と。ロスケとムスリムじゃないのかな?あとインド、、、水資源のことを考えるとヒマラヤが必要だし、ネパール、ブータンが欲しくてしょうがない、最近急に王制を廃止した背後にはチャンコロが糸を引いているのには違いないwww

 

 もっと考えると、いまだ上海には江沢民一派が存在している。年間10万件の暴動って、、、ちょっと考えられない。北は砂漠化、南は水害、民度は4000年間ずっと最悪wwwシナの王様、小キンタマも大変だ(^o^;)

 

 じゃぁ、本当の主敵は国内か?ただ、それだと国として自己矛盾しているのだけどw
歴史的にみるとそちらのほうかも知れないね、、、。

 

 

 

+祈り-それは、あきらめない勇気だ。自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。”現状は変えられる!必ず!”確信を命の底に刻み込む作業だ
祈り-それは恐怖の破壊なのだ。悲哀の追放なのだ。希望の点火なのだ。運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。自らを信じよ!卑下するなかれ!卑下は生命への違背だ。生命の尊厳への冒涜だからだ!

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