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秦戦紀

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     歴史大作漫画「キングダム」全感想記事を戦争毎にまとめた目次録。リンクを張る場合はコメント欄に一言あるように。
     ◆目次解説並後書 
     

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2016年2月 2日 (火)

旧記

軍機房2009

 戦場に臨む指揮官、部下部隊は「人間の特性(死の恐怖、二人集まれば心は三つ)」「状況の4分の三は霧の中」「戦場に発生する摩擦」によって机上の戦術論とはかけ離れた現実に直面することになる。その様な環境において鋭いク・ドーユ(戦いの勘)を備えた指揮官が勝利する。それは戦史に学ぶ以外に方法はないだろう。軍人は常に実戦の経験を持つことはできない。

 

baseball「これからの陸戦戦術」という本がありますよ(^o^)

 

 水爆論も含めて、戦いの理論を学ばないと、討議するのは難しい。最小限「火力と機動」機能の組み合わせおよび破壊力(手段)と攻撃目標(目的)の均衡、攻撃と防御の相対関係について具体的に条件設定しなければ、話は進まない。

 

soccer現実から理想を語る者と、理想から現実を語る者との議論が成立するわけがない。しかも、感情論+善悪論の理想で語る者が現実を認めるわけがない。

 

 先験科学(人間の存在に関係なく存在している科学)は哲学と数学である。昔の哲学者たちは、数学者であり、原子物理学者であったことは意外に知られていない。人間が経験(感性と悟性)して発明した後験科学の学問は先験科学を始発駅にしなければ、人間の恣意で作られた学問になりかねない。先験科学を無視した学問は現実と乖離するだけではなく、犯罪のための学問になりかねない。ましてイデオロギーは医学的にいえば、間違いなく病原菌である。そしてNHKを筆頭とするマスコミは、病原菌の培養液となっている。核兵器の問題のNHKの討論に弊甲の友人、志方君が孤軍奮闘しているが、出席日本人は、建築の知らない人たちが新築家屋の設計を議論しているに似て、核作戦を知らずして議論している。これでは、先験科学を学ばずに手前勝手の論理で作る学問やイデオロギーのようだ。

 

 新約聖書マタイ福音書「狭き門より力して入れ!、滅に入る門は大きく、その道は広く、これより入る者、多し」(アンドレ・ジイド『狭き門』)。「機会」もまた努力しない者には開かれず、求めない者には見えない。機会の平等はイデオロギーによる誤った概念でしょう? 図書館の入り口に『狭き門』と標語を掲げては如何?

 

 感情論、宗教・道徳論、イデオロギーの着物を脱ぎ棄て、自然哲学に立ち返って考えれば、人間は「人間力=体力×気力×識能力」について平等に生まれていない。人間は善を目的として生きる(アリストテレス)から「人々に褒められる」ことに生きる価値があり、「人々から蔑まれる」ことで生きる価値を失う。人間は人々から褒められることによって快楽を得る(アリストテレス)。この結果、能力的にも生存の意味的にも人命の価値は平等ではない。「人々のためには、人命は鴻毛よりも軽い。悪人は死ぬことによって人々から喜ばれるから、その命はもっと軽い」

 

 JALハイジャック事件は、モロに自衛隊が関係しましたが、金大中事件には一切、関係していませんでした。太陽政策は失敗政策でしたね。口実と人質を捕られただけ。

 

 『戦争の改革』J.F.C.フラー英少将の名言(1923)である。二人それぞれの心と三番目の心は集合の心であって和が無ければ、精神不安定の心になる。これは権力構造とは関係がない。聖徳太子の「和」の精神についての説明も統治とは別の意味で語られている。「和」がもたらす三番目の心は、二種類ある。一つはチーム・ワーク(「勝利をもって和を造る=一匹狼たちの異質の目的的共同」稲尾投手の言)と同質の和(対等性:日本の惣村の寄合心=日本式民主主義)であろう。

 

>国際派時事コラム「商社マンに技あり!」http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/■■■■第275号■■平成21年8月17日発行■■■◆民主党の「戸別所得補償制度」を批判する:ポーランドの農村で飼い牛に、麦のかわりにパンを食わせていた時代がある。都市では肉不足で暴動が起きていたが、そこは「弱者の味方」の社会主義である。低品質のパンを大量生産し、政府の補助金によって格安の価格で販売した。原料の麦よりも製品のパンのほうが安い、夢のような世の中が実現した。農民は麦を売り、格安のパンを買って飼い牛の餌にした。■ 人災も、忘れたころにやってくる ■パンを食う飼い牛は、市場原理による経費コントロールを拒絶した社会主義の末期症状。麦よりパンが安くても、国民はしあわせになれなかった。人災も、忘れたころにやってくる。日本の民主党がマニフェストにうたった農畜産業・漁業の「戸別所得補償制度」の内容を見て、社会主義の末期症状を思い出した。日本人の大部分は農業と縁遠くなってしまったから、ニュース報道が「農業」のイメージをつくりあげている。価格が大暴落し、畑で土に埋められてゆくキャベツ。あるいは台風一過、売り物にならなくなったリンゴの山。ああ、かわいそうに。お百姓さんたちは何も悪いことしていないのに所得が激減するんだから、その分だけ政府が補ってあげる(補償するのは、当然だよね。そういう情緒が支えるのが「戸別所得補償制度」だ。民主党のマニフェストをそのまま引用しよう。≪農畜産物の販売価格と生産費の差額を基本とする「戸別所得補償制度」を販売農家に実施する。所得補償制度では規模、品質、環境保全、主食用米からの転作等に応じた加算を行う。畜産・酪農業、漁業に対しても、農業の仕組みを基本として、所得補償制度を導入する。≫■ 豊作貧乏の究極の解決策 ■農業・漁業の悲劇を大別すれば1)収穫・漁獲があっても、市場価格が低すぎてモトが取れない(コスト割れ)2)そもそも収穫・漁獲が得られない(収益源の欠如)の2つである。民主党のマニフェストに従えば、市場価格が低すぎる場合でも「販売価格と生産費の差額」が補償される。利益は得られないにせよ必要経費だけは回収できる。豊作貧乏の悲劇がなくなる。画期的なすばらしい政策だ!何で今まで誰も思いつかなかったのだろう!台風で農作物が売り物にならなくなったときも、販売価格をゼロと見なして(あるいは帳簿上はトン当たり1円と見なして)、生産費との差額を国民の税金で補償する。まったくの不漁のときだって漁船の燃料は国民の税金でまかなう。オーナー以外の船員の労務費も国民の税金でまかなえる。民主党のマニフェストにいう「生産費」だから。■ 日米FTA締結も問題ない ■民主党のマニフェストにいう「販売価格」に下限はない。タイや米国、オーストラリアから安い農産物や畜産物が関税なしで入ってきても、こわくない。外国産の安い農畜産物に対抗できるような販売価格で、国産の農畜産物を売ればいいのである。コスト割れでも、こわくない。だって、「販売価格と生産費の差額」は民主党政権が国民の税金を湯水のごとく使って補償するから。日米の自由貿易協定(FTA)締結が民主党の公約となる予定だったのをご記憶だろうか。米国の安い農畜産物が関税障壁なしで入ってくると、国内の農畜産業が潰れる! と農業団体などが反対し、民主党がこれを取り下げられたのは記憶に新しい。そのとき、ひとり小沢一郎氏が日米FTA締結を公約から外す必要はない」と言っていたのを覚えておいでだろうか。「戸別所得補償制度があれば、日米FTAを締結しても何の問題もない」なぜかといえば、米国の農畜産物がいくら安値で入ってきても、日本の農家・畜産業者はコスト割れの部分を国民の税金で補償してもらえることになるからだ。■ 知恵は別のところに働く ■戸別所得補償制度が導入されると農家も畜産・酪農業者も好きな生産物を作り放題となる。売れようが売れまいが、キャベツも牛乳も生産のし放題だ。市場原理が働いていたころは、作りすぎると市場価格が暴落するから、自主的に生産調整せざるをえなかった。少しでも儲かる生産物を作るべく、作る品種を変えたり、品質向上で差別化を図ったりした。そういう工夫や努力が不要になる。国民の税金で、販売価格と生産費の差額が補償されるから。生産費の分を国民の税金でまかなってもらっても、利益分までは支払われない。だから、農民も漁民も今と同様に知恵をしぼって、稼げる農業・漁業を目指すはずだ!そう思われるかもしれない。甘い……。戸別所得補償制度が導入されると、農民・漁民の知恵は別のところに働くようになる。■ 農薬と化学肥料でもうける農協 ■キャベツをつくる田中さん。今年も豊作貧乏で、生産費を国民の税金でまかなってもらった。 さあ、田中さんには収益はないのだろうか。 田中さんは、農薬や肥料、農業機械、燃料など、およそ農作業に必要な資材を農協から買っている。 戸別所得補償制度が始まってから、農協の資材販売価格があれよあれよという間に高くなった。でも、田中さんには不満はない。高い農薬代も肥料代も、農機代も燃料代も、すべて「生産費」として政府に請求できるからだ。国民の税金は、いくらでも食いつぶせるのだ。農協は販売価格に利益を乗せ放題だ。農協の収支は劇的に改善し、農協職員の給与は都市の大企業並みにな。じつは、田中さんの奥さんも弟も農協で勤務しているのである。田中さんの営む農業じたいは、ほとんど利益を生まない。しかし農薬は律儀に、必要量以上に使うようにしている。化学肥料も大量に使うことにしている。すべて、農協が利益をあげるためだ。以前は、自前で汗をかきかき堆肥をつくっていた田中さんだったが、自家生産の堆肥では「生産費」として費用請求ができない。もう、無駄なことはしない。堆肥は使わない。■ 農水省も大喜び ■補償金は垂れ流し。農産物市場は過剰生産作物であふれる。有機農業は崩壊。さあ、どうする。戸別所得補償制度を廃止するのがいちばんだが、民主党が政権についている限り、制度は続く。解決のために役所は、市場原理の代わりにきめ細かな規制を立案・実施することとなる。(まさに役人冥利というものだ!)キャベツやレタスの生産過剰となっても、これまでは市場原理によって農家が自主規制することで解決されていた。ところが 民主党政権のもとでは、「米の減反」 に並んで「キャベツの減反」や「レタスの減反」など、過剰生産作物ごとに「減反」のための補助金ばら撒きを行って生産調整を行う。農薬や肥料の使いすぎも、作物ごとに細かく規制を設けて制限し、規制が守られているか細かく監視する。農民が常識を働かせて節約することは望めなくなったから。高騰する農産物「生産費」をどう抑制するかが、農政の重要課題となる。農水省は、表向きは遺憾の意を表明するが、内心は大喜びだ。戸別所得補償制度のおかげで、農水省の予算は大幅に増えた政府の規制項目も激増し、所得補償のための手続き書類をチェックする人員も膨大。農水省は、今をときめく存在となる。■ 一に貯蓄、二に保険、三に経営規模拡大 ■1)収穫・漁獲があっても、市場価格が低すぎてモトが取れない(コスト割れ)(2)そもそも収穫・漁獲が得られない(収益源の欠如) こういうときの解決法は本来、一に貯蓄、二に保険、三に経営規模拡大である。それが自己責任による解決法だ。農業も畜産業も漁業も、 商業や工業と同じく さまざまなリスクにさらされる。儲かるときもあれば、そうでないときもある。辛くても自己責任で解決。市場原理がコントロール役となってきた。たとえば造船業に、民主党のいう「所得補償制度」を取り入れたら、どうなるか。韓国・中国並みの安値の受注価格と、日本人の高コスト積み上げ放題の生産費の差額を、国民の税金で補うとしたらどういうことになるか、さすがに誰でも想像できるから、いかなる政党も公約には掲げない。だから日本の造船業は自己責任で解決すべく、製造技術の高度化と血のにじむようなコスト低減の努力を積み重ねている。日本の経済は、そういう努力により発展してきた。ところが、農業・畜産業・漁業となると、国民の想像力は麻痺してしまうらしい。民主党のマニフェストでは「戸別所得補償制度」の所要額を1兆4千億円と見込んでいるが、とても収まらないだろう。衆院選の投票は、どうかご自分の財布と相談しながら行っていただきたい。

 

>「和」がもたらす三番目の心は、二種類ある。一つはチーム・ワーク(「勝利をもって和を造る=一匹狼たちの異質の目的的共同」稲尾投手の言)と同質の和(対等性:日本の惣村の寄合心=日本式民主主義)であろう。

 

前者は、目標へのアプローチから思考が始まり、お互いの異能で戦う考え方だから演繹法。後者は、自分は何が出来るかで考え、個性の総和を目標に向ける帰納法。
日本式の帰納法の欠点は、同質の総和であることが前提。だから異能は拒否される。個人の技術向上が第一で、目標に対するアプローチが無視される傾向があります。だから、大陸国家的な閉鎖性のある社会になる。

 

私としては、「目標に対するアプローチを異質の総和で考える」イギリス流の帰納法が、海洋民主主義国家日本への脱皮だと考えます。

 

1.感情論、宗教・道徳論、イデオロギーの着物を脱ぎ棄て、自然哲学に立ち返って考えれば、人間は「人間力=体力×気力×識能力」について平等に生まれていない。人間は善を目的として生きる(アリストテレス)から「人々に褒められる」ことに生きる価値があり、「人々から蔑まれる」ことで生きる価値を失う。人間は人々から褒められることによって快楽を得る(アリストテレス)。この結果、能力的にも生存の意味的にも人命の価値は平等ではない。「人々のためには、人命は鴻毛よりも軽い。悪人は死ぬことによって人々から喜ばれるから、その命はもっと軽い」
2.台湾災害支援は中共にさらわれている。選挙にうつつを抜かしている日本政治家は、台湾人の心を掴む好機を逃した。人権団体とマスコミは台湾の悲劇を無視。まさしく戦略的失敗以外にない。日本国民の国際感覚も低い証拠である。
 英国が解放したテロリストは「寝返りスパイ」であることはほぼ間違いない。
3.Ostracismは、アテネが「艦長のいる民主政治」について行けなくなった強欲な市民を扇動(デマゴーグ)した政治家たちが市民の私利私欲の最大公約を追う「議長のいる民主政治(衆愚政治)」に転換した。その方法が陶片追放選挙(ostracism)である。市民は国益を重視し、市民の私益を軽視する政治家の氏名を陶片や貝殻に書いて投票し、私利にならない政治家を5~10年、国外追放するシステムである。名提督テミストクレスは、これで追放され、名将を失ったアテネは国家戦略を誤りギリシャにおける主導権を失い、やがて滅亡した。こんにち、日本におけるオストラシズムの役割はまさしくマスコミが果たしていると思う。みなさんはどう思われますか?
4.たしか10数年前、丸紅の営業マンを連れてスイスのボフォース社を訪れて、スイス製の装輪装甲車などを調査した。そのとき彼らは8輪の各車輪の中にモーターを入れているのに感心した。開発技術の鍵は「傘型歯車の工作機械」にあることも発見した(当時の日本技術では、高速傘型歯車の開発はできなかった)。米軍は早速、海兵隊用の装輪装甲車LAV-25とハマーに採用した。弊甲は自衛隊に推薦したが、技術本部は研究開発に躊躇したまま。そのうちに慶応大、藤沢校の清水浩博士が同じ思想で8輪電気自動車を研究中であることを知って再び防衛庁に推薦したが、黙殺された。8輪は地面摩擦力効率が最高だけでなく、不整地走行にも最適(かつてソ連軍が小型総甲車に採用して大成功)。自衛隊はハマーを真似てトヨタによって高速機動車として装備導入した。しかし、8輪ではない。
 日本の官僚主義が遅疑逡巡している間に、清水博士は「シムドライブ」という会社を設立して先日、発足したと聞いた。もちろん8輪電気自動車である。最高速度は360Km/hに近い。弊甲は3度目の推薦をする気はないが、皆さんの注目を喚起しておきたい。
5.官僚はひとたび5ヵ年計画、年度計画を作成して予算付けをおこなうと、途中に飛び込んでくる情勢の変化には一切対応できない、するのが嫌いの業務システムの中で生きている。弊甲はペクトル式デジタル地図を、突然自衛隊に導入させるには、途方もない間接近接戦略と努力をおこなって成功したが、自分が主導して計画変更させるには、いまや老兵に時間も体力もない。
6.電気自動車の問題点はバッテリーで、重くて容積をとり、蓄電量が少ない。滋賀のある工場は軽量・小型の特別なバッテリー製造技術を持っているが、それでも容量は足りない。民間自動車でも充電600Km/一回で充電時間がガソリン補給並みが求められる。軍用で砲塔を搭載すれば、ノンストップで電源を使用する(いつでも射撃態勢)。しろさんの心配通り、電源開発が必要ですな。

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