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秦戦紀

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     歴史大作漫画「キングダム」全感想記事を戦争毎にまとめた目次録。リンクを張る場合はコメント欄に一言あるように。
     ◆目次解説並後書 
     

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2016年2月11日 (木)

兵録

2010軍機房2

 

0404>>
catTV朝日の番組を見ていたら、黒鉄ヒロシが千思万考とやらで織田信長のことを騙っていた。鉄の船を作ったのは、織田信長だと平然と嘘を付いている。本人が概念の違いを理解していないか、嘘を信じているのだろう。

 

軍事専門家は、ポルトガルのアルバカーキー提督は「海洋戦略の父」、李舜臣は「装甲戦艦の父」、キャップテン・ドレイクは「海洋火力戦の父」と認めています。この三人は、16世紀の名提督。

 

鋼鉄製の船を最初に作ったのは、朝鮮人の李舜臣提督。日本人の織田信長ではない。細かく言えば、織田信長が家臣の水軍に命じて鉄板を貼り付けた木造艦を作っただけ。

 

織田信長と家臣の水軍は、従来の木造船(和船)を大型化させて、それに鉄板を貼り付けた。李舜臣提督の場合は、木造船に後から鉄板で防護力を補強するという考え方ではない。

 

「設計の最初から」鉄板重量を計算し、浮力と喫水線を計算している。最初から「鉄甲船」の設計を行ったと、軍事界から認められている。李舜臣提督の概念である鉄甲船が世界で出現したのは1803年。セーヌ河におけるフランス海軍の試作船だ。

 

奇妙なことに、朝鮮人は李舜臣提督を英雄視しているが、真にオリジナルを作った英雄の概念が理解できない。李舜臣提督の概念を認めているのは外国人。李舜臣提督の概念が、朝鮮人に理解される日は来るのだろうか。黒金ヒロシよ、間違いをTVで訂正せよ。

 

0406>>
 2chで遊んでいるwwwチョンが皇室にある資料を返せとほざいている(^o^)彼らは歴史を燃やして灰にする、シナと同じ。前の政権の事をすべて破壊する、それを21世紀にやってるのだから驚く、、、

 

 日本は、、、権威と権力を分けるという驚くべき方法をとった。そして、縄文弥生の頃の精神をずっと残してきた、、、閣下が「日本はハッピィな国だったんだよ」と言われたのを思い出す。ただな、ここ数十年でねつ造された南京大虐殺や従軍慰安婦、いや、日本の侵略戦争自体、明らかになる時代になった。

 

日本よ、日本人よ、いよいよ立ち上がれ!堂々と王道を歩め!君らは正直で、賢明であればいいのだ、、、

 

 世界中の民族の大半は嘘をつくのは当たり前、だまされる方が悪いという畜生根性で未だ生きているんだよ。おれは見てきた(^o^)

 

 マスゴミにだまされるな!彼らは工作員であり、人間のくずなんだよwこの間、日テレで仕事をしたが、、、変な人がいっぱいいたよ\(^o^)/ 青月さんと話すにはwww神智学の知識まで話す事になるだろうw

 

cat中国で日本人とされる男が死刑になった。麻薬関係ならば死刑になるのは理解できる。問題は、本当に日本人かどうか。映像を見たら、朝鮮人の臭いがした。

 

 日本も重犯罪には死刑を行うべき。人権団体は中国には噛み付かない。国連も中国には大人しい。軍事力を行使しない国と思われると、甘い汁を吸われてしまう。核兵器は不要。その代わり、戦える軍隊と戦う意志を持った政権が欲しい。

 

0407>>
 クリシュナムルティの本なんか昔読んだ、「子供たちとの対話」なんか良い本だ、、、
その中で「まっとうに生きようとすると親や先生に反逆してしまう」と書いてある、全くその通りなのだ。
 日下氏の本に「情報(インフォメーション)なんてのは死骸」と書いてあって、ようやくいろんな意味がわかってきた。まっとうな事をしようとすれば、人から非難されるのだ。「ちんこもたたずへもひらず」ではダメなのだ(^o^)

 

0409>>
うそを100回言えばホントになるのか?(^o^)

 

ならね~よ!\(^o^#)/

 

「将軍の真実・南京事件-松井石根人物伝」早瀬利之著を読んだ。これほどシナの事を考えて行動してきた方を、よくもねつ造した罪で処刑したな、、、南京関係の本は10冊以上読んだが、これもまた良い本だ。
 東中野氏の本も良いが「南京事件の探求」北村稔著なんかも良い。本多勝一はバカだし、秦郁彦も嘘つきだwwwよく読んだなおれも、、、確かに人間は隣の部屋で殺人が行われてもわからないよ。
 いま、関西で巨大な地震があったって知る事ができない。しかし、嘘を言い続けてそれを真実にする事はできないんだよ。何か最近は60万人くらい殺したという話になっているらしいがwww

 

 ウソと知っていてウソをつき続ける、シナ人の民度の低さというものを感じる、それは正しい人間の生き方ではない。いずれ歴史がそれを裁くだろう、、、いや、すでに裁かれているから4000年進歩がないんだよ(^o^)

 

0410>>
cat沖縄返還と密約で、東京地裁は「国民の知る権利」を基準とした。情報公開と知る権利が国民の権利だと誰が決めた?それが民主主義なのか?国際社会は戦略関係でだまされるくにが悪い世界。法律の世界ではなく法律適用外の世界。

 

国民の知る権利と言えども、扱える範囲や対処可能な範囲でなければならない。国民の知る権利を盾に、第三国が利益を得る情報も有るからだ。国際社会では密約が出来て一人前。それを否定すれば、日本は三流国になる。

 

巨大隕石が地球に落下する可能性が有るならば、落下地点と被害範囲を国民に教えるのか?この場合は、被害範囲が政府や個人でも対処出来る場合に限定される。政府の誘導で、国民が安全地帯に移動出来るならば公表すべきだ。しかし、どこに逃げても地球が消滅するならば公表しない方が良い。

 

別の説明ならば、(目的×手段×方法)=可能となる。目的が有っても、安全地帯に避難させる手段が無ければゼロになる。また、目的と手段が有っても、安全地帯に移動させる方法が無ければゼロになる。

 

安全地帯に避難させれば国民は助かるが、国民を移動させる方法が無ければ公表しても意味が無い。月は安全地帯だが、月に国民を避難させる方法が無ければ無意味なのだ。

 

国民の知る権利が優先されるならば、「原告と裁判官の私生活を公開しろ」と言われると拒否できませんよ。

 

0411>>
 数年前のデータだが、日本人が一番被害に遭う国ど~こだ?(^o^)

 

答え、スペインです

 

 ノックアウト強盗みたいな粗暴犯による被害が多かった。パスポートを取られちゃう、、、蛇頭に高く売れるか、手引きしていたんですよ。インドなんかもほぼ病気になるから危ないと言えば危ないwwwどちらも旅行ができなくなるか下手すると即入院なのでとても危ないんですよ、、、戦地に行くよりよほどの高確率で被害に遭う、基本的に戦闘中の地域には入れないんですよ、、、ジャーナリストのパスをその国の役所でもらって腕章みたいにつけてないと入れないんよ。従軍画家の論文で書いたけど、その当時だって「どういう腕章を着けよ」とちゃんと規定されていた、そうしないと戦場じゃ、じゃまになるんだなwww

 

 一応あぼなそうなところにいく時は隣国で情報を集めますよ、その国に入っても住んでる人に聞くのです、すんでる人の感覚と旅行者の場合は少し違うからそこは注意しないといけない。ブルガリアで乗り合わせた青年が「コソボを通ってマケドニアにいったよ」っていうので「危なくなかった?」って聞いてみた。すると「全然危なくないよ、ブルガリアではAKが500ドルで売っていたり、そっちの方が危ないよ」という。

 

 じゃぁ、ソフィアの町中を歩いていたら撃たれるのかい?そんなことね~よwww

 

 それよりひどいインフレで浮浪者だらけのルーマニアのブカレストでマクドナルド店内でハンバーガーを盗まれたりする方が確率が遙かに高い!おれは盗まれたwww

 

 戦場カメラマンというのは危ないと思う、ミャンマーで明らかにねらって撃ち殺されたのがいたでしょう、今回もタイで撃たれて死んでる、、、サラエボでもスナイパーストリートで100人くらい死んでる。
 おいらがのこのこ行った時は、すでに路面電車が走っていたよ。ベオグラッドもNATOと停戦協定ができて、地上軍はみんな撤退したあとだからのう、、、国防省は空爆されて1週間くらいあとだった、じゃぁ、道を歩いていたら爆弾が落ちてくるのか?そんなことはね~よwww

 

 阪神も含めて雲仙や中越にも行った、地震の後3日しかたっていないのに長岡の町では酔っぱらいが朝の4時頃歩いているんだから、、、商店街で壊れたところもどこもない、ところが数百m先の高校の体育館では避難してきた人が生活してるんだな、、、で、十日町や奥地に行けばいくほど道が寸断されて、建物が倒れていたり、役所が赤い紙や黄色の紙を貼って回るのだな~山古志村なんてのはバイク隊しか入れなかった。じゃぁ、また、地震が起こるのか?起こんないよwww そういう機微があるんですよ(^o^)

 

0412>>
 戦場カメラマンの本読んでみ?加藤健二郎氏とか、不肖宮島氏の書いたやつ、、、あ~いう人たちは弾が飛んでるところに行かないといけない、それはあぼない、、、
だから、どっちかの部隊にくっついて、情報を得ながら、また、銃声や砲声を聞いて、どこら辺で戦闘が行われてるか距離はいくらか、何の武器か?を判断している
そんなのと比べるとおれは戦争が終わったあとに、地元の連中が「あぶなくないよ」と言うところに行って建物の壊れたものや、駐屯している連中を見物しただけだよwww

 

 ベイルートに行った事がある、日本料理屋のばあちゃんと話をした、内戦下に店を開いて営業していた根性ある人だ、旦那さんが60年代後半に発電か何かの仕事で来て以来ずっといたそうだ。「今日はキリスト教地区から撃ってきてるわね」とかわかるんだって、住んでるんだから、、、で「町を見物しましたが、ほとんどきれいでしたね」と言うと「もう、10年前の事だからね~」って笑っていた。おれが行く2年前に行った高校生と話をしたら、その頃は焼けた装甲車や建物も結構ひどかったそうだ。ちょうど、おれが行った頃は町中工事をしていたからな~

 

 そんなとこ危なくも何ともないんだよwwwカンボジアのアンコールワットに行った、トンレサップ湖から町まで20km歩いた。雨期には道路もなにも水に浸るそうだ、それで埋めてた地雷がどんぶらこと流れてどこに埋まっているかわかんないwだから、さすがにその時は、アスファルトで舗装されたところしか歩かなかったなwwwおいらが行った頃はまだ結構田舎だったが、ホテルの建築ラッシュだった、その後日本からじじばばたちが大量に行くようになったってさwwwだから、空間だけでなく時間軸も考えないと、、、

 

 本当に危なかったのは、ペシャワル郊外でAK突きつけられた時、トルコ大地震に4時間差で巻き込まれなかった時、エルサレムで半日差で爆弾テロに遭いそうになった時、マドリッドのアトーチャ駅で1000人死傷者がでた爆弾テロに30分差だった事、グアムで機関銃を撃ったら4発弾詰まりで危うく暴発事故になりそうになった時、、、それを最後に、何の問題もアクシデントも起こった事はない

 

 はっと気が付いて、知人に「おれはしばらく死なないでしょう?」と聞くとじっと眼の奥をみて「確かにしばらく死なないだろな、でも、油断するなよ」と言われた。人は寿命で死ぬと思っている、油断したり間違った事をしても当然死ぬ、それと死に近い人はいるけどね(^o^)

 

cat>>国家運営の繁栄は、政治力・経済力・軍事力がお互いに介入しないことだ。政治家が軍事作戦に介入すれば、制限戦争になって攻撃目標と戦域を制限する。ベトナム戦争は政治家が軍事作戦に介入した悪例で、勝てるアメリカ軍が敗北した例だ。

 

 逆に軍人が政治に介入することも国家を衰退させる。軍隊は生産と消費は有るが、国家は税金集めと運営しかないからだ。国家に消費が加われば国庫が失われて破産する。

 

 経済屋が政治に介入することも禁止だ。経済は国境が無い。経済活動と国境の有る主権が重なれば、企業の経済活動は主権になる。企業の利益目的で、政治を用いて戦争で相手企業を脅すことになる。これが国内に向けられると、企業の利益優先で国民は利益を奪われる。

 

 御手洗経団連会長は、「消費税を10%へ段階的に引き上る必要」と妄言した。企業は国家運営を支援するものであって、国家を統制するものではない。経済屋は利益を社会に分配して社会を安定させる義務を持っている。この義務を忘れ、企業利益追求で消費税に介入した。老害には国家を語る資格も無ければ企業を語る資格は無い。

 

 正社員を採用して公平に利益を分配すれば、社員が直接税と間接税を納めて国庫を潤すことになる。これが社会を安定化させる。富の独占ではなく、富の分配で中流社会を作るのが経済屋の仕事だ。政治に介入する前に、正社員を増やすことが経済屋だ。

 

 政治家は、「国外は外交と戦争、国内は治安と生活保障」目的で税金を集めるだけ。それ以外に税金を集めるな。環境を整える構想力が政治家に必要な能力。

 

>>タクシン派のデモ「カメラマンが撃たれた~」とかやってるけど、どっちが撃ったんだろうな?(^o^)タクシン派なんて言ってるけど、チャンコロが後ろで糸を引いているんじゃないの?ネパールだってブータンだってやり口は一緒じゃないかwww政府を混乱させて王制を廃止させて議会に食い込むんだよwww日本だって天皇制を廃止させよう、女系天皇にさせよう、権威を失墜させようと必死だwww

 

 シナチョンは人類のガンなんだよ、、、でもね、人間は間違った思想を持つと不幸になり、生きてきたようにしか死ねない、シナチョンは不幸せじゃないかwww

 

 ゴム弾ってのも当たり所じゃ死ぬだろう、全部ゴムなんじゃなくて金属製の小さな弾丸をゴムで包んであるだけなんだよwww「警察が実弾を撃った」と文句を言ってたデモ隊の男の体にはアザしかなかった、実弾じゃ穴が開いて死んでるよ~まぁ、装薬も減らしてあるだろうし、、、

 

0413>>
cat日本の警察官にショットガンを持たせて、ゴム弾を撃たせるようにすべき。暴れたり襲う馬鹿を制圧するのは素手では危険。「止まれOR動くな」で指示に従わなければ、発砲は正当。

 

 犯罪者に人権は無い。社会秩序を維持する者だけが人間扱いされるのが当然。人間扱いされる最低限の条件が日本には必要。

 

>>市街戦やらジャングル戦をするわけじゃないから。10年前頃、殉職警官が多くでたあたり、拳銃での発砲基準を甘くした、そのあたりで良いんじゃないですか?何しろ70年代以降、キチガイ左翼が日本を狂わせましたからね~

 

2つ話を書きましょう
佐々さんの「東大落城」何か読んでると、機動隊は火炎瓶を投げられ、コンクリのブロックを投げつけられ、硫酸をかけられ、その後遺症で多くの部下たちが苦しんでいると書いてある。それで、東大講堂に突入すると、学生はゲバ棒や武器を捨て「僕たちは非武装ですから暴力をふるいませんよね」とぬかしたそうだ、、、佐々さんは心から怒りを覚えたそうだ。そんな卑劣な連中が日本を悪くしたのです。

 

タクシン派のデモですが、チャンコロから日当がでてるという話ですwww
いろんな非致死性兵器があります「殺さない兵器」江畑謙介著というのがありますが、ソマリアの海賊向けの指向性の大音量でやっつけるやつなんかでデモ隊をやっつければ良いんじゃないですか?み~~~~~~~っ!って座り込んでる広場に四方から浴びせて、「わ~なんてこったい」と逃げ出したら「黄金の橋」を架けて一方向に逃がす、そして、棍棒でぶん殴ってみんな逮捕したらいかがでしょうwww

 

 電子レンジみたいなので皮下を焼いて「あっちっち」と言うのもありますから何かそのあたりでやっつけましょう。どうせチャンコロのテロリストが実弾を撃ったり煽動したりしていますよ、タイ~ホしましょう\(^o^)/

 

0414>>
penguin私も日本警察の武器使用基準は厳しすぎると思います。武器使用基準を緩和することで、むしろ犯罪者に対する抑止効果も望めるのではないかと思います。

 

 安田講堂に立てこもったクズ学生のようなふざけた連中に対する威嚇としても、北京オリンピックの時の中国人留学生の武装デモのような集団を制圧するためにも、警察の武器使用緩和と内務省軍や武装警察のように重武装化した部隊の創設が必要だと思います。
さらに、必要とされる治安維持部隊の創設も、雇用対策としての効果が望めると思います。

 

cat>>現在の警察でも、命令さえ出せば十分対応できます。外国人に自由を与え、自国民を拘束する「使い方」が間違っている。キチガイを素手で拘束するなんて、達人や名人クラスでも難しい。武術は対人戦闘用。獣並みのキチガイは対人戦闘になりません。
警察には発砲許可を与えて、アメリカ並みの使用条件にすべきです。最近では、警察署を襲撃?したバカもいましたから。

 

0415>>
おいらはアホやから、昭和天皇がどげな人やったかわからんわな(^o^)

 

ただ、目の前の本棚を見るとこれだけの本があった、、、
「昭和天皇の極秘指令」平野貞夫著
「昭和天皇独白録」文春文庫
「嵐に耐えて」中村菊男著
「天皇と原子爆弾」大森実著
「昭和天皇の研究」山本七平著
「天皇ヒロヒト」レナードモズレー著

 

 あと押し入れの中に2冊はあると思う、戦後巡行された時の本だ、、そういうの読んでいて、陛下が安全保障をアメ公に依存しようと考えていたようには思えません、、、

 

 佐々さんの「東大落城」でも、機動隊が突入して無事解決した、そのあと上司は陛下にご報告する機会があった、、、上司が言う「天皇陛下ってのは不思議なんだよな、、、報告した時に『死んだ人はでなかったですか、そうですかそれは良かった』とまるで兄弟げんかを見ている親みたいなんだよな」って。

 

あの大戦争を責任感を持って立憲君主として見つめ、考え、最後の最後には決断されたのだ。「マッカーサー大戦回顧録」何かの後半にも天皇陛下についての記述があるよw

 

>>「日本は瑞穂の国や、いっぱい実ってみんな食べろよ、おいらはみんなが栄えるようお祈りしているよ」とそんなイメージなのよwwwで、人によっては「無茶しちゃいかんよ」とか「何をやってるんだ!」と質問の形を通して、そのお心を伝えたのだと思います
戦前の陸軍大臣や総理大臣に対してですよ。

 

 今の陛下だって、不思議な感じです、オカルトではないよ、日本人が「この人は貴い人だ」と決めているからですよwww真央ちゃんに「大変だったでしょう」「ありがとうございました」とか園遊会でやってるwwwあのクソ生意気な柔道の石井でさえ「柔道を続けますか」と聞かれ絶句したのですからwww「陛下に嘘はつけないでしょう!」って、、、

 

0416>>
おいら、思うんだよ(^o^)何で日本の左は売国なのか?って、、、それは、ま、ロスケ、シナチョンに操られている部分はあるが、基本的に外来思想なんだな。もともと、お上ってのはあっても、みんな好き勝手にやってきた。庶民は武士がなにやろうが朝廷がどうしようが知らんこったw惣村のなかで掟を決めやってきたんだwww

 

 だから戦後、進歩的文化人ってバカがたくさん出て、日本を否定したが、それは外国かぶれのアホよ、、、諜報工作にだまされている自分がわかってないんだからインテレげんちゃんどころではないw一番悪いのは中途半端な連中なんだよ、自分がおりこうさんと思って人を下に見てんだなwww「わからない事はわからないよ」といえないバカのくせに(^o^)

 

それと、戦前戦中、いやな眼にあった連中の復讐だろうな、、、日本人の本質から考えると「左が革新で右が保守」と言う立て分け自体、間違っている。

 

0417>>
昭和30年代日本の経済が復興してきた、、、その時、ある識者に「日本の復興もなりましたね」と言うと、「本当の復興は難しいぞ!」とたしなめられたそうだ、、、その言葉には本当に深い意味がある。日本人に本当の「哲学」「思想」があるのかな?
そこから本当の「戦略」が生まれる。それが確立してはじめて「復興」は成るのだ!

 

penguin>>しかし、外国かぶれの日本人の性質だけでなく、共産主義とアメリカの本質たる「マニフェスト・ディスティニー(明白な天命)」思想それ自体も本質的には同じものであると思います。

 

 どちらも独善的な価値観をもって世界を支配しようとする思想です。それを集団主義的にやろうとしたのがソ連・中国であり、個人主義的にやろうとしたのがアメリカと考えれば、現象的には対立しているように見えますが、本質的には同一であると思います。

 

 冷戦なるものは自由主義と全体主義の対立などではなく、「左翼」国家たるアメリカ・ソ連・中国の‘内ゲバ’でしかなかったのではないでしょうか? これらのしょうもない国は別として、しろさんのおっしゃるとおり、我が国は独自の哲学を基にした戦略を作らなければなりませんが、そのためには我が国の戦いとその思想の歴史を自分の実力とすることが第一歩であると思います。

 

0418>>
「戦争の20世紀」を読んでいますが、、、20世紀ってのはおもしろい世紀ですよ(^o^)
第一次世界大戦では、内燃機関の発展により第2次軍事革命が起こった、戦車は出てくる、潜水艦と航空機の発達で戦争が立体戦になった、、、「機動」が恐ろしく発達したわけだのう。

 

 第2次大戦にいたっては、それらの兵器が主導権を握ってしまった、、、それどころか
とうとう人類を袋小路に追いつめるような、智恵が追いつかないような兵器「核兵器」を作ってしまった、、、「火力」と言って良いものだろうか?使用に際し、軍事的な合理性がなくなってしまった、、、

 

 その後の冷戦下で、必死になってニュールック戦略だ、ネオニュールックだ、段階的抑止戦略、しまいにはMAD(確証破壊戦略)などとエスカレートしていった、そして現実では制限戦争だのなんだの、ベトナムで、いや世界中でよくわからない事をやり続けていた、、、やってる連中もよくわからないのだな、、、

 

 2600年の戦史研究から見れば、この世紀の戦争は武士道騎士道を忘れおかしな事をやってきた事は間違いない。

 

fish>>なぜいま赤い服を着た農民にまじって黒服のスナイパー??背後にシナのかげはあったりまえか。

 

 その昔中越紛争では周恩来は米国に北ベトナムをけん制すると通知してからやった。 それは北がタイに侵攻しようとしたから。。結果は北のタイ侵攻は止めることができたがシナ軍は司令官が捕虜になるはコテンパンの大負け。よくわかりますね。

 

 今回のはシナが仕掛けた。 タクシンの父親はシナ人、出自は警察官 すでにミャンマーを支配しようとしておそらくその目的を達成、カンボジアはもともと関係が深い。これでタイを意のままにできればベトナムは封じ込めできるしインドとのあいだに十分に厚いくさびをうちこめるなー。

 

 同じ構図は台湾を篭絡したあとはアメリカをなんとかすればベトナムとおなじように日本も意のままみたいな。暗愚の首相をもった日本ではもたないだろうね。。

 

0419>>
5年前閣下が言っていた、「沖縄の司令と電話で話したよ、チャンコロは編隊飛行もできないんですよと笑っていた」じゃぁ、今できるのか?去年、閣下に聞いた「どんなもんでしょう」「そんなに変わってないんじゃない?」って、、、

 

 その昔、定遠、鎮遠が横浜に来たがなwマストに洗濯物を干してあったんで、山本大佐は「こいつらダメじゃ」と思ったそうだ。⇒happy02ドラマ「坂の上の雲」だと東郷さんだった。

 

 「練習したからでけました」と言うのじゃないんだ。チャンコロのオリンピック選手が言っていた「日本の選手はすばらしい、コーチがいないところでも練習する」って。何か基本的なところが違うんじゃないでしょうかね(^o^) なんたら雑伎団は見事な演技だよwwwそれと同じ、文化が違う。

 

snail>>いまの鳩ばかとくらべることさえ情けないことです。bluemoonさまから教えていただいたこと;すこし長いですが、国家と国民とそのリーダーを考えるに大事なことかと;以下に
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/5a197e856586baf726f6a0e68942b400火薬一樽に日本女性50人! 2007年04月29日23:43  キリシタン大名や豪族が火薬を手に入れるために,一樽につき日本女性50人を奴隷として売っていた。 唐行きさんは知っていましたが,キリシタン大名がそういうことをしていたなんて知りませんでした。 キリシタン大名が武器を入手するために腐心したことは知っていても,50万人もの日本女性を売っていたなんて…
 昨今の宗教界の左傾化とあわせていろいろと考えました。なぜあんなにキリシタンを弾圧したのかも。単に一神教の教えの怖さだけではなかったということがよくわかりました。http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/5a197e856586baf726f6a0e68942b400
2007年04月30日 00:16 火薬の材料は元々日本にあって、性能は劣るけどちょっとした物はあったわけで、これは誇張ですよ。中に薩摩が奴隷を売ったとか書いている奴いましたけど、国力の低下を何処よりも嫌った薩摩がそれをするとは考えにくい。もとい、どこぞの国と違ってそんな余裕は無いです。

 

 隣国を攻めて掠め取った場合も考えにくいですね。一応日向は自分から薩摩傘下になったわけだし。それだけ人望もあった。ただし、鉄砲伝来の際、ねじの仕組みが分からなかった刀鍛冶が娘を差し出してその秘密を聞き出したと言う話はあります。尤もこれは現地の伝説を信じるなら、ポルトガル人の嫁になったとか。

 

 2007年04月30日 00:45 火薬についての話の真偽はよくわかりませんが、スペインやポルトガルがキリスト教を侵略の道具として使い、実際にそれで南米が植民地化され土着の文化と言語と宗教が破壊し尽されたのは事実でして、日本もそうなる可能性があったのですが、賢明な事に秀吉がそれを見抜きキリスト教を禁止したのです。 そして、徳川幕府もそれを引き継ぎ、更には鎖国しました。そうしなければ、当時は日本を守れなかったのもまた事実なのです。 よくキリスト教弾圧について短絡的に批判する人がいますが(中学生の時の私もそうでした)、その背景を知らないから簡単に批判できるのですよ。 日本の歴史は昔から世界の歴史とリンクしているのです。 日本国内だけを見れば全然理解できない事でも、世界から見れば理解できる事もあるのです。

 

 秀吉の朝鮮出兵だってそれに該当する出来事なのです。単純に秀吉個人の野望だけで行われた訳ではないのです。世界の中の日本というものをよく見据えた上で行われた事なのです。この件も単純に野望だの侵略だのと批判できる事ではないのです。

 

snail>火薬の材料は元々日本にあって、性能は劣るけどちょっとした物はあったわけで 忍者に関してだったか読んだ記憶あります。床下に硝石みたいなのを作る?尿?寝かせて作っていたと言う話。誇張?なのかわかりませんが、そのうち,8月くらいに関連資料を読みたいと思っています。過去のことではありますが,現代を作っている要素の一つが有ると思います。

 

 フェンリル様 世界の動きとリンクしているのは,過去も現在も同じだと思います。 地政学の本を読んだ時に強く感じました。 http://www.sagamionoch.or.jp/intercessors/2005/2005.04.jpn.pdf 経済は経国済民で,国を治め人民を救うことですよね。日本女性が売られていたのは,天正の少年使節の報告には載っているとのことです。 私はまだ読んでいませんが・・

 

 あきら 2007年05月01日 00:02 こんばんは(^-^)/宗教に関しては素人で、オマケに無信心者ですが…一神教ってのは残酷な歴史が多い印象はありますね。十字軍などがいい例かと思います。日本人にはおおらかな神道が一番適してるように感じます。排他的な宗教には気をつけないと危険です。創価の池田教しかり、オウムもそうでした。弾圧されたにはそれなりの理由があった事がわかったのは勉強になったですね。私も初めて知りました。有難うございます。

 

火薬一樽50人で50万人ということは1万樽? 一樽何キロ?10キロ?50キロ?100キロ?
まさか数キロということはありませんよね?仮に米俵並みとして50キロとすると50キロ×1万樽=500トン。猟銃の火薬量が20グラム程度だけど火縄銃はどのくらいでしょうね?現在よりは性能が悪かっただろうけど50グラムまでは使わなかったでしょう。

 

 仮に40グラムとして500×1000×1000÷40=125万発。まあ、歩留まり半分として60万発。火縄銃1丁あたり100発として6000人か?ありえなくはないが、ありえなさそう               
snail>「豊臣秀吉の『伴天連(ばてれん)追放令』」で触れたが、ここで改めて「日本人女性人身売買」について考察する。
 TORA氏が「阿修羅空耳の丘43」の2006.1.27日付投稿「日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?」、 2006.3.6日付投稿「明治から大正にかけて、30万人もの日本の若い女性が売られたり騙されたりして、海外に売られていった」で採りあげている。出所は「株式日記と経済展望」で、出典は「日本宣教論序説(16) 2005年4月 日本のためのとりなし」のようである。これをれんだいこ流に意訳整理する。

 

 鬼塚英昭氏の著「天皇のロザリオ」(P249~257)は、次のように述べている。  「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。 キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。

 

 行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。

 

0420>>
snail日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。

 

 数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。その勇気があれぱの話だが」。 若菜みどり氏は、著「クアトロ・ラガッツィ(四人の少年の意)」(天正少年使節と世界帝国)(P.414~417)」は、徳當蘇峰「近世日本国民史豊臣時代乙篇」(P337~387)を引用しているが、奴隷売買の下り「火薬一樽につき日本娘50人」の記録が省かれている。その上で、次のように述べている。

 

 「植民地住民の奴隷化と売買というビジネスは、白人による有色人種への差別と資本力、武カの格差という世界の格差の中で進行している非常に非人間的な『巨悪』であった。英雄的なラス・カサスならずとも、宣教師はそのことを見逃すことができず、王権に訴えてこれを阻止しようとしたがその悪は利益をともなっているかぎり、そして差別を土台としているかぎり、けっしてやむものではなかった」(P.419〉。
  この説明の後、売られた女性たちの末路の悲惨さを記している。かなり婉曲に触れていることになる。

 

 秀吉は、準管区長コエリヨに対して次のように命じている。  「ポルトガル人が多数の日本人を奴隷として購入し、彼らの国に連行しているが、これは許しがたい行為である。従って伴天遠はインドその他の遠隔地に売られて行ったすぺての日本人を日本に連れ戻せ」。 2002.7.9日付北國新聞の「バテレン追放令」も当時の「宣教師達による日本人女性人身売買」について触れている。豊臣秀吉のバテレン追放令第10条の「日本人を南蛮に売り渡す(奴隷売買)ことを禁止」を紹介し、次のように述べている。  「バテレン船で現実に九州地方の人々が外国に奴隷として売られていること―などが分かる。秀吉の追放令は、ある意味で筋の通った要求だった」。

 

どうでしょうか、皆様。われわれは常に外国とどう対処するか、われわれはなにものか
秀吉、家康は言葉にせずとも全てを理解していた。ハトヤマは全ての知識をもっていてもそれを使えない。いな、stupidを越えたidiotまさに暗愚というしかない存在、日本民族もおちぶれたものですね。焼き鳥にするくらいではあきたらないね。喰う価値もない。

 

aries>>秀吉が征明戦争を始めた時の軍事力は約25万人。日本人の総人口が約2500万人。それまでに50万人が日本から出たら、日本の人口に影響を与えるように思えます。火薬の国産化が出来なかったとは考えにくい。

 

>>日本人が大量に海外に出たのは間違いない(^o^) 奴隷みたいに売られていたのも知ってる、、、アフリカ史なんかでも言われているけど、奴隷を狩ったのはアフリカの王国だからなぁ、、、

 

 日本だって日本人が甘言で釣ったんだよ、、、戦国時代は庶民は本当に苦しんだんだ、お店に商品が並んでないと記述がある、だからタイに日本人町ができるくらい海外に出たんだ、、、慰安婦なんて言ってるけど、チョンの売春婦だってチョンの女買いが買って回ったんだな。ラスカサスの「インディアスの破壊についての簡潔な報告」は昔読んだが、アメリカ大陸におけるヨーロッパ人の悪逆残虐を書いたものだと記憶している。

 

まぁ、ほとんどの日本人は知らない事みたいなので、世に知らせるには良い事だろうと思う。

 

>>日本人が火薬と引き替えに売られた資料は、フロイスの「日本史」とかロドリゲスの「日本教会史」、ヴァリニャーノ「日本巡察記」なんかあるよ、、、日本人じゃ戦国時代の研究だと藤木久志という人が本をいっぱい出しとるよ、おれも「戦国の作法」と言うのを持っている。

 

 「日本人奴隷」「火薬」とかでググればそれらしいのは出てくるだろうけどそんなのは、断片に過ぎない。伊予さんが言いたいことはわかる、「歴史的に見て常備軍は全人口の1%」というデータによるのでしょう?ただ、動員すればとんでもない人数を無理矢理集められる。
 第一次世界大戦のドイツの動員なんかを見てると相当無茶だな、、、第二次大戦でもヒトラーが少年兵のほほをなでている映像は有名だ。WWⅡの日本だって10%動員している、700万人だ、、、鉄砲もなにも持ってないじいさんたちだったそうな(当時は30過ぎたら年寄りだ)

 

cat>>動員は10%でも可能。しかし、2%の動員で翌年から経済活動が停滞します。

 

>>「日本近世の起源」渡辺京二著をぱらぱらめくっていたが(^o^)「大航海時代の東南アジア」リード著法政大学出版局というのが詳しいみたいよw

 

 閣下がよく「エンサイクロペディア・オブ・ミリタリーヒストリー」を参考文献にあげていたように、もし、その時代をある程度知るなら資料としてフロイスの「日本史」は本棚にあった方が良いかもね、、おれはそこまでやんないけど「戦後世界軍事資料」は持ってるよ。
何かの時に便利(^o^)

 

0421>>
penguin戦国時代は人買いが横行したという話はいろんな本で散見したことがあります。騙されたというのもあるかもしれませんが、野武士や野盗の類に襲われたというのもあるかと。

 

 戦国時代の本としましては『刀と首取り』『鉄砲と日本人』『戦国鉄砲傭兵隊』鈴木眞哉・著はよかったです。あと、左翼的偏向がありますが『雑兵足軽の戦い』東郷隆・著というもの資料としては使えるかと思います。

 

 ルイス・フロイスの書簡集はラス・カサスのよりも分量は少なめですので、目を通しておきたいです。いずれにしましても伴天連の目論みというのをしっかりと押さえておかないと歴史を見誤りますね。対キリシタン政策は文句なしに秀吉・家康gjです。

 

>>「雑兵足軽たちの戦い」は私も持ってますがイラストがあったりして楽しいですねwww
岩波文庫の「雑兵物語・おあむ物語」も絵があってええですよ(^o^)?・・・フロイスの「日本史」って中公文庫から出てますが、結構大部じゃないですか?全12卷あったと思うのですが?ラスカサスの本は薄いですよ。

 

 私が読んだのは薄いやつで「インディアスの破壊に関する簡潔な報告」と言う1冊だけです。

 

 白人たちは世界中でずいぶんと野蛮な事をしまくっていて、十字軍の時も「彼らは戦闘には強いが、それだけで、とても文明人とは言えない」とアラブ人が書いている。アラブの医者が頭が痛い婦人には投薬を、足をけがしたものには包帯を巻いた。すると、その後、十字軍に従軍した医者が「頭に悪魔が入っている」と言って頭に穴を開け、けが人の足を切断したため、2人とも死んだ、、そんな連中だったんだよね(^o^;)

 

>>中南米を旅したときのこと、恐ろしく恨めしそうな形相のおっさんが頭や脇から血を流してこっちを見ている絵や像がこれでもか!これでもか!とあるのだwww本当にうんざりする、それはイエスだよ(^o^)あんなもんを毎日拝んでいたら頭もおかしくなるだろうよwww「そして日本は勝つ」日下公人著など読んでのほほんとながめているのがええよ(^o^)     

 

penguin>>イエズス会の触手が日本に及んだときにアジアのなかで日本は軍事的センスとしてもっとも長けていたのではないだろうか? 一部にキリスト教の利益にそう形での改宗をした大名がいても全体のながれからの洞察は地政学、軍事学からしていまの日本人のそれではまったくない。徳川300年でもなまくらとなっても情況即応で外国の圧力をよくかわして独立をたもった。それは文人政権の朝鮮、清国のトップがなにをどう対応したかをみればきわだった違いであるとおもう。

 

 ミンピはロシア大使館に逃げ込んで自らのこと意外はなにもしなかった。これで国母とはきいてあきれるしそれをなんともおもわない国民の感覚も不思議だ。西太后もショービズムを操っても比我の情勢判断の立ち位置が軍事のそれでなかった。

 

 「翻っていまのはとやまはどうか?loopy、stupid、idiotと何層倍でもいえるくらいすべてのめんでおおあほうのたわけもの、なおかつ軍事的センスゼロというよりは日本だからころされないだけありがたいとおもえ、ただ、おまえは日本を殺す気か? それだけの暗愚のリーダーだ。出でよ尚武の政権、思い起こせ尚武の民である日本を!!

 

fish>>『君主論』の最後を思い出しました。

 

 力量は暴虐に抗して
 武器を執るだろう、そして戦いは短いだろう
 太古の武勇はいまだ
 イタリア人の心に滅びざるがゆえに

 

我々日本人の心にある太古の武勇を想い起こすときがきています。

 

0422>>
戦記物はおもすろい(^o^)もう、置くとこもないし、金もないし、昔の読んでる。光人社NF文庫だけで400冊くらいある、記憶がごちゃ混ぜになってどれがどれだかよ~わからんw
「戦争は悲惨だ!」と言うのはある事実だが「雷撃機電信員の死闘」松田憲雄著をちょうど読んでるんだが、こんな感じだ。

 

 真珠湾攻撃で大成功し、その後、新年早々ラバウルを空爆しに行く、艦攻だから3人乗ってる。
「おい、どこをやるんだい?」
「指揮官機に付いていくだけだからわかんないよ」
「海岸の水平砲台らしいですよ」
「あ~あれか」「テ~~~~!」
ドカ~ン!乗機がぐらぐら揺れる
「なんだ、これは?」
「まっちゃん、おれらの爆弾らしいよ」
「800kgってすごいな、下の連中はたまらんだろう」
「ちょっと高度を下げすぎたな~、たいしたもんだ、砲台が全部吹っ飛んじゃったよ」
で、返ってきたら航空増加食のビールを冷やして飲んだりするんだなwwwでも同期で生き残ったのは7%だそうだ、、、

 

 戦記物についておもしろい表現だけど「Gパン主計ルソン戦記」金井英一郎著のあと書きに「兵隊恨み節、准尉は功績簿、陸士は奮戦記、参謀少佐の図上演習、幹候少尉は評論家、でも、ルソン戦記となるとつい買ってしまうなぁ」って何百冊も買ったそうだ。

 

riceball>>黒い十字架は小説でしたので、超斜め読みしたところ、参考になるところはないようでした。ただ、293頁に、著者が作成した関連年表として、

 

天文15年:1587年
秀吉、九州視察。
「パードレ追放令」発布(社寺破壊前代未聞、強制的に領民をキリシタンにすること禁、日本人を奴隷として海外奴隷市場[ゴアやリスボン]へ連れ去ること厳禁)
とだけありました。

 

 この時に秀吉は、【日本は神国である】と発言したように記憶しているのですが…他の本にあたってからまた載せますね。これは国会図書館あたりには、全文載っているのがあると思います。一般の図書館でもあるのではないでしょうか。それにしても秀吉GJです。日本の国家観をこのように認識して定義していたのですね。それに引きかえ今は情けない。
支那に照準を合わせられたのにさえ、抗議もしない。それどころか遠慮して時間をずらして遅く発表するなんて。。

 

0423>>
バンコクで爆発事件??軍の謀略か?どっちだろう?ただ、謀略ってのはだいたい成功しないと思う。「憲兵」大谷敬二郎著なんて読んでても柳条溝事件について、日露戦、シベリア戦役を経験した憲兵少将が「これは明らかに謀略だ、しかも大変まずい工作をしたものだ、戦場の実景とはこんなものじゃない、実戦体験のないものが創作したものだ」と現場を見ておっしゃられたそうだ、、、

 

「一時的な権勢家が何をしようと、永遠の力がこれに反抗する」ユゴー

 

0425>>
伊勢雅臣さんのブログから:
■1.定期券を拾ってくれた車掌さん
清水優子さん(51歳、東京都、主婦)は、小学1年の頃、当時東京都内を走っていた都電で通学していた。夏の初めの頃、のんびりと走る都電の窓から外を眺めていて、手に持っていた定期入れをうっかり落としてしまった。定期入れはひらひらと後方に飛んでいった。悲しくなって、しくしくと泣き出した私に、セーラー服のお姉さんが声をかけてくれた。理由を話すと、すぐに車掌さんに言ってくれ、電車は停車。車掌さんは来た道を走って戻り、定期入れを拾ってきてくれた。その間、乗客は口々に優しい声をかけてくれ、車掌さんが戻ると拍手がおこった。急ぐ方もいたでしょうに。恥ずかしくて、嬉しくて、申し訳なくて、私はただ泣いていたのだけど・・・。[1,p10]
こんな心温まる、思いやりに満ちた世界が、つい数十年前までは日本のどこにでもあったのだ。
「探そう! ニッポン人の忘れもの」という呼びかけに賞金も賞品も出ないのに、2640もの作文が寄せられ、その一部が本になった[1]。これはそのうちの一つである。この本の中から、現代の日本人が忘れてしまったものを探してみたい。
■2.お豆腐屋のおばあちゃんこの本に出てくる逸話の中で、特に心に響くのは、子供たちに注がれる周囲の大人の思いやりである。
佐藤美由紀さん(42歳、宮城県、歯科衛生士)は幼稚園児だった頃のある日、夕飯の支度中のお母さんから、豆腐を買ってくるように頼まれた。いつもは6つ上のお姉ちゃんと一緒に行くのだが、この時は一人で豆腐屋さんに行った。右手に20円をしっかり握りしめて。
近所のおばちゃんたちに、「ひとりでおつかい? えらいね」と言われて嬉しかった。お豆腐屋さんの重いガラス戸をあける。大きな桶の中に、お豆腐が入っていた。おばあちゃんに「一丁ください」と言うと、おばあちゃんは冷たい桶に手を入れて、お豆腐をきれいに切った。
手渡されたお豆腐の袋をしっかりと握って家に戻る途中、砂利道の石につまずいた。お豆腐はもちろんぐじゃぐじゃ。泣きながら家に向かって歩いていると、お豆腐屋のおばあちゃんが走ってきて、「はいよ。おつかい、頑張って」と言って、きれいなお豆腐を渡してくれた。
私は、恥ずかしくて、もっと泣いた。[1,p13]

 

■3.「お馬の公園」のおじちゃんたち山口好美さん(45歳、神奈川県、会社員)は、小さい頃、父親と手をつなぎ、散歩しながら、よく大井競馬場に連れて行って貰ったことを覚えている。
「お馬の公園でも行くか?」「うん!」 私は馬が見たいのではなく、「おでん」が目当てだった。「パパが戻るまでここにいるんだぞ。動いちゃダメだぞ」。そう言っていつも私におでんを1本持たせてくれた。場所は藤棚の下のベンチ。おじちゃんたちが目の前を通りすぎて、「おっ、父ちゃん待ってんのか? えらいな」「動いちゃダメだぞ。迷子になるからな」。そう言いながら頭をなでてくれたりもした。今では考えられないが、皆が優しく見守ってくれている感じだった。
いつから人を疑う殺伐とした世の中になったのだろう。子供たちを「皆が優しく見守ってくれている」というのは、以上の3編に共通して言えることだろう。そして、子供の時に大人たちから受けたちょっとした思いやりが、数十年後まで心に残っているという点が印象深い。こうした思いやりを注がれて育った子供は、また思いやりのある大人に育つだろう。
「子供は社会で育てる」というのは、こういう事だ。単に子ども手当をばらまくだけでは、子供たちに思いやりの心は育たない。
■4.「ばっちゃん、ゆっくり渡んな」
交差点は、 文字通り、人が行き交う場所。そこに人と人のふれあいが生まれる。
小川雅美さん(61歳、神奈川県、主婦)は、年老いたお母さんと散歩や買い物に出かける。信号のない横断歩道脇に並んで立つと、たいていの車はすぐに停まってくれる。運転席に目を向けると、皆一様に優しいまなざしで、二人が無事に横断し終えるのを見守ってくれた その日停まってくれたのは、車高の低い車。暗い色の窓ガラスに秋の陽が反射しているせいか、運転手さんの表情が見えない。地響きのようなエンジン音を立てているし・・・怖い。私は急いで母を渡らせようと焦った。
すると車の窓が開き、坊主頭の若者が顔をのぞかせて、
「ばっちゃん、ゆっくり渡んな」と、ひと言。目を合わせると微笑んでくれた。
安心して、私たちはありがたく、ゆっくりと道路を渡らせていただいた。[1,p35]
■5.一礼した男の子武田美穂さん(30歳、鹿児島県、会社員)は、ある寒い朝、渋滞で少し焦りながら運転をしていた。左折しようとしたら、小学生の男の子が横断歩道を渡ってきた。
正直、心の中で「もう、急いでいるときなのに! 早く渡ってよ」とつぶやいていた。すると、渡り終えた男の子が、私の方を見て一礼したのである。その瞬間、私の中に忘れていた何かが帰ってきたような気がした。
 私が小学生だった当時も、同じことを当たり前のようにしていた。あの頃は、親や先生のような大人にそうするよう教えられたと思うが、それは自然と自分の身につき、習慣となっていた。
どんなに学校に急いでいても、運転手の方に「止まってくれてありがとう」という意味を込めて、一礼をしていた。それが、人を思いやるということにつながっていたのだろう。[1,p65]
交差点で相手に道を譲っても、せいぜい数秒の差である。しかし、その数秒の思いやりから、相手の心には感謝が、自分の心には善いことをしたという心地よさが生まれる。

 

■6.争い合う社会になるか、譲り合う社会になるか交通マナーは地域内で伝染するものだ。同じような車で、同じような道を走っていても、ある地域では争い合い、ある地域では譲り合う。こんな事に、アメリカをあちこち車で旅行した時に気づいた。ロサンゼルスでは、高速で走っている時に、前の車両と数メートルの間隔しかないのに、突然、割り込まれてヒヤリとした。そんな他人の迷惑を顧みない乱暴なドライバーが多い。ところが中西部の田舎町などに行くと、運転マナーはがらりと変わる。たとえば4ウェイ・ストップという交差点があって、混んでいる時は、縦方向と横方向で互いに一台づつ順番に渡っていく。ある時、横からの一台が通りすぎたので、今度は私の番だと思ったら、横からもう一台の車が続いて渡ってしまった。すると、後部座席に座っていた娘さんたちが窓越しに、「エクスキューズ・アス(ご免なさい)」と声をかけてきた。運転している父親がついうっかり、譲るのを忘れたようだった。私も「気にしないで」と、笑顔で手をあげて応えた。隙を見ては割り込むようなドライバーが多いと、自然に自分もそうしなければ損をすると思うようになる。逆に、周囲が譲り合う運転をしていると、その快さを味わって、自ずと自分も思いやりのある運転をするようになる。
争い合う社会になるか、譲り合う社会になるかは、ちょっとした心がけの違いから生まれてくるものだ。
■7.「なんとかしてみます」と答えた車掌さん人は、仕事を通じて、他の人々との関わりを持つ。そこでも、思いやりをもって仕事をするかどうか、で大きな違いが生まれる。
長井弥生さん(49歳、神奈川県、主婦)が、お祖父さんと一緒に、両親の家に向かっていた時のこと。北海道の富良野駅で乗り換えて、金山駅まで行き、そこからバスで峠を越える。
無事に乗り換え、一息ついたところで大変なことに気づきました。なんとその電車は急行だったのです。急行は金山には止まりません。戻ってくる頃にはバスは終わっています。
困り果てた祖父は、車掌さんに相談しました。車掌さんはしばらく何か考えていたのですが、「なんとかしてみます」と言って、何やらあわただしくあちこちに連絡をしだしました。
そして、私と祖父をドア近くに呼び、「金山で30秒ほど停車します。その間に降りてください。金山駅には連絡を入れてありますから」。そう言って金山駅で降ろしてくれたのです。[1,p22]
急行を金山駅で止めるという事は、規則を逸脱していたかもしれない。また、そのためにあちこち連絡して、余計な手間もかかったろう。しかし、この車掌さんの思いやりのお陰で、弥生さんには、忘れがたい感謝の思いが残ったのである。

 

■8.保健師さんの一言中條ていさん(53歳、三重県、主婦)が、22年前、息子を3歳児検診に連れて行った時のことである。かんしゃく持ちの息子は、保健所に入るなり、「帰る!」と叫んで暴れ出した。なだめすかしながら、一つひとつ検診場所を巡り、ようやく最後の保健師面談にたどり着いた時には、泣き出したいような気分だった。ところが、一刻も早く不機嫌な息子を連れて帰りたい私に、ベテランの保健師は穏やかに言った。「お母さん、よく頑張ったわね。途中で帰っちゃうかと思っていたのよ。感心感心。今、手を焼く子は、大きくなったらいい子になるわよ」。
心にずっしり重く抱きかかえてきた息子を、「お疲れさま」と一瞬抱き取ってもらったような言葉だった。本当だったら息子をしかったかもしれない私は、帰り道、一緒にソフトクリームを食べた。
あの小さなねぎらいの言葉は、それからの私の子育てをずっと励まし、私を優しい母になるように導いてくれた。[1,p70]
ほんの一言の思いやりの言葉が、人の心を永く支え続ける、ということがあるものだ。
社会は、いろいろな仕事で成り立っている。それぞれの人が、自分の仕事を、生計のためだけでやっているのか、あるいは、人のために思いやりを込めてやっているか、によって、大きな違いが生まれる。本人にとっても、社会にとっても。
■9.深夜の間違い電話 高原早苗さん(47歳、滋賀県、主婦)は、中学生だった頃、警察官だったお父さんから、こんな話を聞いた。事件が発生し、大至急上司の指示を仰がなければならなかった父は、午前3時という、とんでもない時間に、上司のお宅に電話をした。しかし、気をつけていたつもりだったが、やはり焦りがあったのか、電話はまったく違うお宅につながってしまった。
恐縮して謝る父に、電話に出た見知らぬ婦人は、こう言ってくださったそうである。
「お巡りさんこそ、こんなとんでもない時間に、市民のために働いてくださってありがとうございます」[1,p62]
それぞれの人が、自分の仕事を通じて、世のため人のために尽くしている。それに感謝することで、その人はやり甲斐を感じ、いっそうの思いやりを込めて仕事に向かう。こうして、思いやりの心は社会の中で増幅し、広まっていく。高原さんは、こう結んでいる。この話を聞いたとき、私は、見ず知らずの人にまで思いやりの心をもてる、この婦人のような人間になろう、と心に決めたはずだった。なのに、30余年が過ぎた今、私は、自分の不愉快さをはっきりと示すオトナになっている・・・忘れものを取りに行かねば。
以上の話に感じる所があったら、あなたの心の中で「忘れもの」はまだ失われていない。思い出して、取りに行けば良いだけである。そして、一人ひとりが「忘れもの」を思い出せば、幸福な社会が実現するのである。
(文責:伊勢雅臣)

 

0428>>
ブレードランナーのルドガーハウアーじゃないけど、、、あいつは自分を殺しに来た男の命を助けた、なんでか?命は大切だからだ、、、ところが、れぷりかんとを作った博士をぶち殺すんだな、、、それは「命」を冒涜したからなんだな。自分を殺そうとしたハンターに「お前はオリオンだか、なんたらゲートだか見たか?」と聞く。おれはその気持ちがわかる、、、

 

 「死ぬ」って実感した事があるですかのう(^o^)おれはある、、、「かくかくじかじかこういう事ですね」といつもいろいろ聞いてる人に報告したw「しろくんは『死ぬって事を実感したんだよ』」ってうれしそうに周囲の人に話していた、、、「次は何を学んだらいいですか?」と聞くと笑って「生死の二法を学んだら他に学ぶものはほとんど無いよ」と言われた。

 

0429>>
社民党の福島なんかTVでてる(^o^)こういう人たちは人生を間違った人たちなんだなwww

 

 おれなんかでたらめで人生の小失敗、中失敗をやりまくって今でも苦労している、しかし、本当の意味での大失敗をしないように守られている、、そうじゃなけりゃ、自殺してるか死んでるだろうなwww

 

 浅間山荘とか、ロッド空港とかさ、間違った思想を持ったものは晩年がみじめだ、日本に帰りたいとよど号の連中が北チョンで言ってるw今時「ナンセンス」と法廷で言ったバカ女もいるw福島も同じだろう?中核派のテロリストを内縁の夫としてまっとうな人生か?

 

 チョンという噂もあるが、そんな感じもする、彼女は権力志向であっちこっちと大きなものにすり寄るところがある。まぁ、2chでくそみそに言われている団塊の世代の人たちも「外国かぶれ」はやめたが良いがもう直らないだろう、、、親を焼き殺したアメ公が憎いのはわかるが、ロスケシナチョンに傾くのはアホだぜ?

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