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秦戦紀

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2020年8月15日 (土)

山の竜と虎:蜀漢甲斐分析㈠

 諸葛亮と武田信玄。いずれも名にし負う傑人であるのは論を待たない。 歴史好きで、「キングダム」感想を継続している当blog管理人うしつぎがこの二人を感想してみる。

        

 武田信玄が天下を狙ったかどうか不明であるが、領地拡大を図っていたのは劉備・諸葛亮ら蜀漢幹部連と共に間違いは無いであろう。蜀漢は諸葛亮の天下三分の計を戦略にして建国しているのだから。

寡兵小国であっても彼らの国は全国に轟かせていた。しかしながら国力の差はいかんともし難く彼らの国は大国に亡ぼされた。

では地政学上で甲斐国、蜀漢帝国はいかにすれば滅びを避けられたのか? まずそれについては両国の成り立ちから考えてゆこう。

一、甲斐と蜀漢は地政学で酷似している。

  1. 地勢が開けていない。海、平原がない。
  2. 辺境である。

 甲斐国は山に囲まれ、蜀も天険の山に囲まれている。だが両国共に生産力は天下に屈指とは言いがたく領国維持で手一杯。それは領国拡大にとって名分はたつものの大いに不利なのは否めない。なにせ生産力が不足なのだから。
 領土拡大にとってなにより必要なのが生産力である。これなくして戦争は継戦貫徹できない。それを基にして戦争を起こし、それを求めるために戦争が起きるのだから。

 

 しかし、甲斐は武田信玄から躍進し、劉備は諸葛亮によって蜀漢帝国まで躍進した。その理由とは

🌾🌽穀物エリア: 甲斐は信濃(長野)/劉備は荊州・益州

 

 地政学におけるランドパワーが躍進するには平野、平原を確保しなければならない。それは生産力(食糧、人口など)の確保のためでもある。 

 甲斐武田はこの地政学上で躍進していった。甲斐の地形は天険により寡兵で守りにはうってつけだが、拡大ネットワークでは不都合すぎる。戦国乱世では生き残りのために強くならねばならず、武田が生存するためにも穀物エリアを少しでも確保するため、信濃に出るほか無かった。(駿河は外交上で晴信時点で駄目)

 劉備は南荊州を領したが力不足で寡兵、かつ曹操、孫権の強敵達に囲まれているために態勢を維持できない。これは武田が関東に進出できない理由と酷似している。
 天下三分のために依って立つ地、核種の保存地たるランドパワーが必要であった。某独裁者の言葉だと生存圏だが生命圏といえようか。劉備、そして戦略家・諸葛亮は秦・漢の先例にならい約束の地?蜀に進む。

 

 うしつぎ地政学では生存圏を生命圏と生存圏に分類する。

  • 生命圏をランドパワー、
  • 生存圏を生命圏に穀物エリアを確保したものだと定める。躍進ランドパワーとでもいっておく

 

 躍進ランドパワーとなった甲斐、蜀漢帝国は更なる拡大を求めて次の戦略を練る。甲斐は対織田陣営、蜀漢は対魏である。

 甲斐は信濃を有したことで大国の列に並び、蜀漢は荊州、漢中を有して帝国を自称するほどになった。が、領土を拡張するということは敵が増えるということでもある。


 甲斐は直ちに越後上杉と緊張を強いることになる。従来の信濃は豪族達の集まりだから国として脅威になり得なかったのだが、武田によって越後の地政学防衛は覆った。

 蜀漢は荊州領をめぐって孫呉と外交問題があり、漢中を領したことで更に拍車がかかる。そもそも荊州は中華の中心に位置する、中国地政学では要衝である。
 だが魏に及ばぬ両国では荊州領完全掌握はいかんともし難かった。故に双方の取り合いへと流れていく。 中華を地政学で謀れる呉の魯粛がいる間は蜀呉の関係はなんとかバランスが取れていたが、彼の死後はその均衡を富(国益)の偏重が破っていく。

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