キングダム 第七十五話
信!中華一番!!
#「過去」
夜の御部屋で政が向に語る。自分は趙国で産まれたと。何故かわからぬ向に政は自分の過去を語り始める。
・‥…━━━☆・‥…シカさんの話は趙から始まった・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
紀元前262年、趙、永年の秦の強敵国と韓の領土・上党を巡って戦争が起った。戦場は長平、秦将は白起、趙将は廉頗による戦いは力が拮抗して2年経っても決着がつかなかった。
しびれを切らした趙王はここで愚断を犯した。⇒ orz父王は趙国史でも一、二を誇る名君だったのに… 名将の廉頗から血気盛んな若将の趙括に変更した。⇒ il||li _| ̄|○ il||liここでも父は趙軍でも指折りの文武兼備の名将だったのに。。。 不肖愚息共のせいで2年の膠着は一気に流れ出す。
雨の中を特攻していた趙軍だが、秦兵の伏兵にあう。足止めを喰らった趙将は前から秦軍の副将がかかってくるのを見る。我は趙軍総大将の趙括、副将ごときに用はないわと吼える。しかし、
( ゚д゚)あっさり馬ごと斬り飛ばされた! 王騎は二年続いた至極の戦が台無しにされた、死んで出直して来いお馬鹿さんと毒つく。 敵将討ち死にで趙軍400000が降伏する。だが、秦将・白起は…、
アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!趙軍400000を生き埋めにした!!! 食糧不足と反乱の危険から趙軍を生き埋めにした未曽有の大虐殺の戦いは長平の戦い(紀元前260年9月)と史に深く刻まれる。40万の死者の親族たちの怒りや悲しみは如何ほどであったか、趙人の秦人を呪う気持ちは如何ほどであったか。。
その惨劇の数か月後、趙で秦の王族の子が誕生する。正月に生まれたので政と名付けらた。。。
・‥…━━━☆・‥…9年後、趙国都の邯鄲━━━☆・‥…━━━☆
お店で考慮中とはどういうことだと怒鳴り声が響く。共にいる者が道剣様と人目をはばかり、道剣も声を静める。 考慮中だとはどういうことだ、仕事を引き受けるから来たのではないのかと問いただす。 話し相手は違うね、引き受けるかどうか決めるために来た、だからその計画をはなせとせっつく。
道剣は商人風情が、我らの大事でありやすやすと話せない、事が漏れればお前足りを斬らねばならないと脅す。話し相手の男組は図に乗っているのはそっちだ、こちらがあんた等を秦人だと打ち明ければあっという間に犬の餌になる、俺達は長平を忘れてはないと虐殺の怨みで言い返す。険悪な空気に女の声が割って入る。
からかうのはそれくらいだと男の名、江影と呼んだ女性は我らは商人で熱くなるのは商談だけでしょと言う。もう一人の巨漢の男が紫夏と呼ぶ。
周りが振り返るほどの美貌を持つ女商人・紫夏は男組の間に座り、相変わらずきもいなと巨漢の男・亜門に挨拶する。江彰は商売の話だから熱くなっている、人を運ぶと言われるだけじゃ乗っかるわけにはいかないと警戒していた。
商談。 事が大きいから相手も慎重になっているのさと紫夏が推し量ると、知っている範囲で二人に事情をきかせる。先ずは秦の昭王が死んだと言って、二人だけでなく王宮でも数人しか知らぬ情報がと道剣までも驚かせる。戦神と恐れられた秦王が消えたと喜ぶ亜門に紫夏は声がでかいと頬をつねる。
それでと次をきく江彰に太子だった安国君が王になり、太子の座は子楚がつくと話す。亜門は趙の人質だった秦の王子、呂氏が全財産をつぎ込んで取り入った王子は秦に脱出させたのも呂氏だからこの先は良い思いをすると言う。それを聞く江彰が子楚には趙の女に孕ませたガキがいたと言う。紫夏はその二人はまだ趙に取り残されたままと話すと、江彰と亜門にも話が見えてきた。
太子・政を趙国から脱出させ、秦へ送り届ける計画。計画を読まれた道剣は隠せないと、そこまで知っているなら話は早いと重大さで話を引き受けさせようとする。だが、紫夏はまずは政様に合わせてください、それから引き受けるかどうかを決めると話す。先ずは品を確認するのが商人の在り方であると。
王族を品と言われて道剣の部下たちが激昂すれば、亜門がこちらの主が言ったようにとっと政に会わせろと売り言葉に買い言葉になる、だが、店と外で喧嘩が起る。街の者達が政だ、呪われた政のクソだ、ぶちのめせと野菜を握った少年が囲まれる。
(@Д@;怨みから始まる物語はどこで終わりとするのだろう。。。
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