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#463「離眼の悲劇」

(゚ー゚; 惨劇の犯人お隣の新キャラだったか。。。

 紀彗、離眼について羌瘣は婆やの話に耳を傾ける。

 それは離眼が暗何と地域の覇権を争っていた、離眼の主が先代の紀昌様の頃の話~

((・(ェ)・;))王騎将軍なら救いようのないバカ者たちと一笑に付すのだろうか?

 趙の王都邯鄲では地方勢力の小競り合いとみていたが、実際は激しい戦闘だった。力政で圧政を敷いている暗何の唐寒は兵数が上だが、善政を敷き戦上手の紀昌は側近衆と練兵された兵団で互角の戦いをしていた。

 その戦いの中で紀彗、劉冬、馬呈の若手の台頭があり、離眼は戦を優勢に導いていった。そして、離眼と暗何の決戦、旦虎の戦いが始まった。劉冬や馬呈が負傷するほどの激戦であったが、最後は五倍の敵をかいくぐった紀彗様が大将の唐寒を打ち取ったことで離眼の勝利となった。 
( 羌瘣「それが本当ならば紀彗は相当にやる。」 )

 だが、それで戦いは終わりとはならなかった。暗何の残党を紀彗様が追撃している間に唐寒の子・唐鈞が留守中の離眼城を落としてしまった。 離眼の城内には重傷兵のみ。劉冬や馬呈が必死で戦ったが二人でもどうにもならなかった。離眼は落ち、女、子供、老人全員が人質になってしまった。

 唐鈞はそれらの命と引き換えに紀昌と将校の投降を迫った。 紀彗様ら離眼兵は投降しようとする父たちを引き留めようとする。しかし、紀昌さまや側近の岳印、赫公はいかねば子供たちが殺されると答える。
 紀昌さまは下策をあえて受けるのは中央にも引けを取らぬ屈強の武将たちであっても我らは離眼の城主であり、離眼の大人たちなのだと息子に諭した。親が子供のために命をかけるのは当然のこと、その責を少々早いがお前に継いでもらわねばならなくなったと。そう言って紀昌さまたちは代わって人質になった。代わりに助けられた劉冬、馬呈は涙を流す。紀昌さまは二人に息子を頼むと言って門出に人形を渡す。

 地方勢力の小競り合いに王都から調停の軍が派遣された。その主将・善満から今後は女、子供、老人に手を出さぬように暗何に命じ、これを破れば朝廷に弓引くものとして裁くと釘を刺した。 軍の中に李牧がいた。もっと早くに仲裁の軍を送るべきだったと思う。離眼に紀彗の名を覚える。

 縛り上げられた紀昌ら大人たち。紀昌さまは唐鈞に倅たちの命を助けたことに感謝するが、唐鈞は勘違いするな、同じ苦しみを与えるだけだと吐き捨てると、紀昌たちに火を放った。焼かれる中で紀昌さまは離眼の子たちに若き城主を支えるように、息子の紀彗様に離眼の子供たちを守り抜けと言い残す。 血の涙を落とす紀彗様は必ずと父に誓うのだった。

 その後、五年をかけて離眼を回復させた紀彗は暗何を倒して一帯を善政でまとめたのだった。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 婆やの話で羌瘣は紀彗の名が広まっていない理由が分かった。 そして、守り子と呼ばれる人形が戦場に出る父親に子供が贈るお守りで、古くから離眼に伝わる風習であった。羌瘣は私を斬った劉冬は三つ持っていたが、子供が三人いると言うことなのかと言う。⇒  (・∀・)ニヤニヤ 子供にえらく執着してますねぇえええ。

 その言葉で劉冬と戦ったことに婆やが気付く。婆やは彼らは強い、ここにいた方がいいよと忠告する。しかし、羌瘣は相手が強いならば猶更仲間の下に戻らないとと飛信隊に戻ろうとする。

黒羊最大の激戦となった四日目の朝が来た。朝焼けは血のように赤かった。激戦の地は紀彗軍の場所であった。

Photo

(゚m゚*)勝ってもそのあとが更に重要と言うことなのか

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