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「真田丸」と「キングダム」

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;:゙;`(゚∀゚)`;:゙ うしつぎが久々に楽しめる大河ドラマ「真田丸」も最終話を残すのみ。

 そこでφ(・ω・ )メモメモ 、愛読漫画「キングダム」と比較しながら「真田丸」の作戦などについて数個ほどまとめて書き綴ってみます。

第一回

Riboku_1         

真田幸村(信繁)ってさあ…

 (◎´∀`)ノ 李牧とよく似てるよね💛 

 

 

(o・ω・)ノ))うしつぎから見て李牧と幸村(信繁)の共通点多すぎだろ

  1. 大敵を相手に一歩も引かない名将
  2. 戦略から戦術まで優秀。
  3. 守城戦が大得意
  4. 上司に恵まれない
  5. 最後も報われない
  6. 田舎から出世しました
  7. 全土に名が広まるのが遅め
  8. 名が広まったら勝者側より後世に残る

 他にもありそうだけれど、こんだけ列記できた。とにかくも李牧と幸村には結構、長所が重なる。 (;´▽`A``実際、史実では李牧は宰相やってないでしょうか。

 1

 言わずとも知れたり。かたや大国秦、かたや徳川幕府。それでもお二方とも大いに奮戦して万の敵を葬ってます。すごいよね。

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 李牧もそうだけれど信繁も戦略から戦術を組み立てている。信繁がなんで大坂冬の陣後で浪人たちをなかなか立ち去らせようとしなかったのも、豊臣家存続の一環であれば分からんでもない。

 3

 李牧は雁門での対匈奴の戦い、信繁は上田城、真田丸での戦い。どちらも大軍を打ちのめしている。 が、李牧は雁門で匈奴を打ちのめした後も北方異民族をいくつも滅ぼしているあたり、容赦の無さは信繁より上田(笑)。

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 o(;△;)o どちらも上司に足を引っ張られましたなぁ。 この点はむしろ秀吉に仕えることができた信繁はいい時代があったのかも。。。 

 5

 どちらも畳の上で生涯を終えられず。 信繁は戦死、李牧は誅殺。 間諜の力で振り回されてた二人。 (´-д-`)つくづく「キングダム」の大王様と信の関係こそが大きな力だと思うわ。

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 ‟確かに人材にいなかった。中枢には”ですね(笑)。 李牧は北方辺境、信繁は近畿より遠い信州でした。 人質となって越後からようやく中央の大阪に遷ったのですから。 

 やがて李牧は大将軍まで昇りつめる。信繁は左衛門だが大阪で家康を追い詰め武名を轟かせた。

 7、8

 李牧は史書では対桓騎戦で秦国の覇道を遅らせた武功、信繁は大坂冬の陣の真田丸の戦いと武名が全国区になるのは遅め。大器晩成。

 しかし、武名が一端広まったら日本一の兵と謳われ後世まで日本に名を残す。 李牧も秦滅亡後も長く名将として刻まれる。 秦以後は漢が匈奴と戦った名将として大いに参考にされたり、更には小国辺境より天下を併呑する程の将才として廉頗と並び称えられる。

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第一回「信繁と李牧」  了

(。・w・。 )輝くのに始まりも開花も遅いと言うことはないんだ。 

 こんな感じでいくつか書いてみます。 
 読んでよかったと思ったらコメントでもくださいな。

投降予定記事:
司馬懿と幸村、大阪の延命の策2 函谷関と幸村3 軍神楽毅と直江兼続と幸村4 戦略と戦術5

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