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15と48

終戦であって敗戦とは言わぬ。 それを知らない日本人が増えている。

戦争を止めると先帝(2018年現在)こと昭和天皇が決断した。単に戦に負けたのとは違う。戦を始めたやつが決断からあの世に逃げて残った者にその任を押しつけたわけではない。 宮中府中の輔済の将相が馬鹿で愚図だったからだ。

 負け戦だから何されても何をしてもいいというのは戦後の時代に恨みを残して良き未来を汚す。これは人類戦争史の訓戒である。日本の隣国で未だに知らない馬鹿がいる模様。

 だから私うしつぎは某芸能界アイドルグループの丸刈り謝罪を嘲っている。あの丸刈り謝罪にアンケートで8割近くも賛成したと知った時は世の中狂っているなと痛感した。役作りならいざしらず活動規則で丸刈り謝罪でネットで広めるなど狂気の沙汰であった。それを止めさせず叱りもしない大人達はさらに罪悪であった。

城下の盟にも礼があり、降伏にも謝罪にも一定の礼儀がなければならない。三国志を知る者で劉禅を得意げに語っても張魯をきちんと語ったのは少なく、危うい。 

 奴隷として謝罪するのは戦った敵味方にも無礼であり、未来に禍根を残す。参照は会田雄次著作。

 矜恃を知らぬ者は銅臭に流さやすい。銅臭に流れる者は危殆に自分を全うできない。自分を全うできぬ者は人生を独立自尊の自力で生き抜けない。自力を知らぬ者は自信に節操がない。自信に節操がなければ惑う。惑う者は天地を知らず家族を愛せない。天地を知らずば天地を敬えない。天地を敬えず家族を愛せずば自分の生まれた支えを知らず。支えを知らずばどうして立って走れるか、飛べるのか!

 故に「終戦」と理由を語れぬのは自国の哲学伝統の未熟さに帰する。

(`・∞・´)漫画愛読者感想ブログを綴ろうとも、このくらいは承知しているぞ。

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