三方ヶ原合戦感想追記
駿河浜松で手打ちする筈ない信玄は家康の首をと全武田兵士に檄を飛ばす。 かたや静かな家康「君」は騎馬武者を彫る。家来達には桶狭間を成すときぞと檄を飛ばした。
だが、武田軍は容赦なく強かった!
見附で本多達が一言坂で苦戦する。義信事件で連座の対象になってもその武勇を惜しまれて許される山県相手(事件当時は飯冨姓)ではどうにもならない。要害の髙天神城も落ちた。➡あれ?信玄の時に落ちてたんだ?? 三日で城一つ落ちるという早さ、破竹の勢いなんとやら。
織田軍からようやく水野さんが使いにやってきた。信長様はそれどころじゃないと兵はだせんと言う。➡なんで岩村城に秋山軍来ているとかきっちり言わないの??
流石にくるものがあったか家康君はいつもの場所で鷹狩りをしようと伝えろと。➡『レッドクリフ』の時代なら宣戦布告ですのその台詞(笑)。
で、鷹狩りで待っていたらなんと岡田信長やってきた。
信玄怒らすなと言ったろうとそんなに怒っていない信長は家康君に話す。➡まあ武田が同盟ガン無視で戦しかける時点で最初にキレているんでしょうがね。 家康君は信玄の狙いはあんたの首だと言う。
策はあるのかと信長。家康君は策は桶狭間(奇襲)、餌は家康自分だと。妥当だと信長。援軍に五千と家康君、こっちも一月かかるから三千と値切る。
結局値切られた家康。それでも岡田信長は死にそうな顔の大将には誰もついてこないぞ、一世一代の大勝負を楽しめと自分なりに元気づけようとする。➡優しいのに言葉が足りないこの御仁。。
それでもがっしりと肩を抱いた信長は一心同体だぞ、信玄止めろとようやく相応しい言葉を見つける。必ず行くと言ってその場を去った。
愛妻の元に立ち寄る家康君。戦乱で駆けている貴方でなく、最初の優しい貴方を待っていますと信長より上手に言葉を使って夫を励ます。
さて佐久間、水野が織田の援軍でやってきた。籠城しかないと言い張る。こっちは存亡必死な徳川家臣達はストレス高まる。
遂に浜松城までやってきた武田軍。
信玄は跡目の四郎勝頼に我が兵法を披露すると言う。相手の身になって考えろと。徳川家康は己の弱さを知る賢い若造だと、そうであれば家康が見えるであろうと。
浜松城ガン無視して素通りする武田軍。
儂はここにおるぞと家康君は相手にされてないと怒りを露わにする。
素通りしながら山県が四郎様、見えますかな家康の狼狽ぶりがと言う。穴山梅雪も構ってくれと泣いていると言い出す。どうなるでしょうかと勝頼が父に問う。
まずもめるぞ、そして、落ち着いて考えてみろと心中で見ている家康に語る。遠江の民が見ておるぞとも言う。
o((⊙﹏⊙))o.こいつら凄すぎ! 「キングダム」で言うなら大将とその配下の千人将が大将と同じ戦略眼を備えてるってことだわ。。。
武田の部将達が家康の狼狽ぶりを把握しているのに、徳川側は打ってでるで一致してしまうが大した策が出てこない。おまけに織田の水野達が籠城一択なので徳川家臣たちが激昂する始末で一致せず。。。
爪噛んで思案した末、家康君は地の利を活かした奇襲を考え出す。夏目が地図を出して坂に降りた武田軍を逆落としで叩きましょうと言う。策らしくなったので平八郎も勝機があると言う。
で、出陣を決定して武田軍を追撃する。
追いかけて、追いかけて、追いかけた末に見えたのは・・・
三方ヶ原で武田軍が待っていた!! 坂を下りていなかった信玄達。
「孫子」の文言をそらんじる信玄は童よ、戦は勝ってから始めるものじゃと愕然とした家康君に教えると、かかれとと全軍に命じたのだった。➡「孫子」を家康は読んでいないのかね?
武田は部将達が大将と同じ戦略戦術眼を備えた歴戦の猛者。大将の信玄は戦国屈指の戦略家。場数の戦の相手達は村上、上杉、北条の戦上手ばかり。
で、徳川の部将の戦術眼は? 家康君の戦略頭脳は? 場数を踏んだ戦の相手はどんな奴?
智も目も殺しの経験も上回る相手に嵌められた挙げ句に遮蔽物なしの野戦。。。
・・・
・・・
・・・
( ̄ ‘i  ̄;)ここまで実力差が開いている(演出)なら合戦シーンなんて要らないわ。 岡崎城では殿が討ち死にの報が伝わる。
散々家康君に悪態をついていた虎松が三方ヶ原で徳川軍兵士が殆ど討ち死にしたのを目の当たりにする。
甲州兵が担架で運んでいる金色の鎧武者、持ち槍の穂先につるされているのは金色の兜首だった。。。
(>人<;)準備している場所から準備しない場所に誘い出されてる。地の利と言っても相手も知っていたら有利じゃない。天候も味方していない桶狭間ではなぁ 。。。
#18
匹夫、志を君に逞くして(こころよくして)、しかも討つことなし。あえてみずから討たざらんや
武田信玄に徳川家康の首が届けられた。その首はまるで生きているようであった(某小説家口調)。
そ れ よ り 前
本多忠勝は主君を探しているが、探すどころでは無かった。執拗に武田兵が行く手に現われていたから。
遂に伯父の本多忠真は自分がここで踏みとどまる決断をする。 武田相手に殿すると言われ忠勝は伯父の暴挙を諫めるが、伯父は忠勝を叱咤する。
お前の大好きな殿のために生きるんじゃと言う。伯父は忠義を尽くせと最後に残す。最後の別れに忠勝は号泣する。本多忠真戦死。
その忠勝が大好きな家康君は木々の影に身を潜め武田兵をやり過ごしていた。家康を探す武田兵は未だに自分達の近辺をうろついている。その隠れている自分達に近づく者がいた。 おそるおそるその顔をみると・・・夏目であった。
夏目は殿の無事を先ずは喜ぶ。が、直ぐに顔を変えて主の具足を次々と剥がしていく。そして、自分が殿となる。
自分の身代わりとなる。忠勝が自分がそれをやろうとするが、夏目はおぬしはまだ先じゃと蹴り飛ばした。伯父だけでなく貴方もかと血の気が一気に引いた忠勝は夏目殿とさけんだ。
家康君は血相を変えて止めさせようとする。が、逆に側の者達が家康君を止めていく。 もうこれしかないのだと。
不意に家康君は思い出す。夏目は竹千代の頃から仕えていたこと、かくれんぼでも一緒に遊んだことを思い出して当時の夏目の名、なつめよしのぶじゃと呼ぶ。 そういうことはせんでよいと言う。 夏目は思わず涙する。
しかし、夏目は止まらない。足りませぬと言う。➡○| ̄|_若君誘拐事件でも処罰されないのでは松平広忠さん信賞必罰ザル状態でしょう。私利貪欲な人だったら増長するし、真面目な人だったら夏目さんのように恥辱の極みで自決しかねない。。。
二度まで殿を危険に陥れた身でありながら許されました。このていどではご恩はお返し足りませぬと言う。せめて二十数年前のお役目を果たさせて頂きますと言う。
殿ならきっと大丈夫ですと笑って家康君を慰めようとする。
இ௰இ嗚呼、春秋晋の名将・先軫※がみえる。。。時を超えて夏目が先軫とひとつになった。 春秋晋(中国)の先軫、戦国(日本)の夏目
匹夫の身で君に無礼な振る舞いをしたにも関わらず、手討ちにされなかった。自分の手で自身を討つしかないではないか。
( ´・・)ノ(._.`)古今問わず人の世において心を震わせるのは、愛する人に心身を奉じる行いでありました。
尚も引き留めようとする家康を周りの皆は強制的にその場から引きはがした。誰もが夏目の忠義に感謝して。。。
殿を逃がした夏目は自ら徳川家康と名乗って武田兵のいる戦地に躍り出る。武田兵を幾人も斬りたおしていく夏目。そして、多勢に無勢の言葉通りに武田兵数人がかりで槍を突き入れられた。
意識遠のくときに思うのは、竹千代時代からずっとお仕えしていた御主君だった。大武功をあげた武田兵は喊声を上げた。
地に倒れた「夏目」家康は安堵する。。。
さて止めとばかりに四郎勝頼の部隊が浜松城に迫る。 負傷兵だらけの浜松城では最後の一兵までも戦おうと団結した。が、石川数正らおとな達は兵法三十六計を引用して最後の策をしかけた。➡確か兵法三十六計成立は南朝宋以後だったかな。。。
空城の計 夜半に浜松城に迫った勝頼の部隊は、浜松城が城門を開け放ち、篝火を焚いて明るくしていた。何か罠があるのかと勝頼は訝しみ兵を退くのだった。
武田軍本陣の父・信玄に報告をしたのは夜が明けてからだった。 床几に座っていた山県がそれは空城の計だと教える。諸葛孔明が採った策でまさか実際にやる奴がいようとはなぁと山県だけでなく穴山も笑い合う。
では敵は瀕死のままで騙されたと勝頼が再度城に進撃しようとする。それを信玄は止める。故事を学ぶのは良いこと、それに免じて奴らを活かしてやろうでは言う。
しかし、勝頼は今奴らの息の根を止めるべきですと反論する。信玄は徹底的に立ち直れぬほど徳川軍を叩いたので十分、儂は時が惜しいと言う。
京にすくう魔物を倒すため西に向かおうぞと信玄は西上の途を決断する。
浜松城では武田軍が西に向かうと石川らおとな達が家康君に報告する。子供の頃から自分を気にかけ続けていた男の犠牲に、家康君は顔を覆い泣き続けていた。
涙声で忘れはせぬと何度も言う。そして・・・、
立て直すと強い声で言い切った!
( •̀ ω •́ )✧おお、なんと壮観な顔つきだ。まるで大河ドラマの主人公のようだ(笑)。儂は生きていると触れ回れと石川たちに命じる。
徳川軍敗北を知った岡田信長。配下の諸将にこれまで死地をくぐってきたお前達に勝てとは言わぬ、ただやるべきことを全てやれと命じる。その後は天が決めるであろうと。
軍議中に秀吉に間者が知らせを届ける。その情報に誠かと秀吉は思わず声を出す。 どうしたと柴田が問うと秀吉は戸惑うが、主君に天は既に選んでいたようでございますと笑って答える。
岡崎城は戦支度で信康も築山殿も忙しい。それでも大殿が生きているので元気があった。そこに物見の兵からの知らせを受けた家臣がそれは確かなのかと信康達もビックリする程の声を上げる。
武田軍が甲斐に引き上げている様子。 浜松城でも物見の兵から家康達がそれを知る。家康君は信玄に何が起ったよいうんじゃと考え始める。
その武田軍は信玄の影武者を立てていた。そして、後ろの輿には顔が真っ青な信玄の姿があった。
今回は涙ぐみました
😠ちなみにこの故事を話して老臣を慰めたくせに上げて死地に落とした中国皇帝がいたんです。日本人でも大抵知っている有名人?です。
💢あいつのどこが文帝じゃい!
※先軫は晋文公に重耳公子の放浪時代から仕えていた武将。
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コメント
CIC担当殿コメント遅くなりまして申し訳ありません。
>調略で駿河を手に入れて、米どころと太平洋側の交易ルー
トを手に入れるまで、苦労続きでしたから。
甲斐国はほんと地政学においてドイツに酷似している。
>まあ、実質罠でも何でもなく、一種の張ったりでしたが。
いずれにせよ。命を拾いましたね。
つくづくよく全滅しなかった、家康死ななかったなと思う三方ヶ原合戦です。
投稿: うしつぎ | 2023年7月 8日 (土) 19時53分
>だが、武田軍は容赦なく強かった!
強くなければ、生きる事が出来なかったのが、
甲斐の国。その辺りは湿地帯だらけの越後も一
緒。フロンドの乱で国中逃げてたルイ14世を
思い出します。
豊かさを得るには、戦い奪うしかない。環境の
悲惨さでは、戦国一と考えているのが武田です
かね。善光寺まで信濃を制圧して、調略で駿河
を手に入れて、米どころと太平洋側の交易ルー
トを手に入れるまで、苦労続きでしたから。
そりゃ、強くて当然。
>こいつら凄すぎ!
キングダムに例えると、王騎軍らですね。
副官の騰は、王騎が考えていることはすべて理
解している。
さらに、隆国、録嗚未、鱗坊、干央といった、
優秀な武将を多く抱えている。廉頗にしろ、藺
相如にしろ、優秀な部下が多い。強い軍は、名
将と優秀な家臣を抱えていればこそ。
徳川勢は、これから軍を作っていく最中。
そりゃ、勝てんわ。
>空城の計
これは、攻めにくいですな。
罠なのか、そうでないのか、見当をつけられな
い。
まあ、実質罠でも何でもなく、一種の張ったり
でしたが。
いずれにせよ。命を拾いましたね。
投稿: CIC担当 | 2023年6月30日 (金) 21時43分