信約キングダム 117回
ギアスより絶対面白いキングダム編 第117編
ちょっと書き方を変えます。
#「理由」
趙の総大将ホウケンについて秘匿していた事実を昌文君が公開した。更に軍議は続く。
★★秦国で深刻な敵の総大将プロファイル会議でござ候。。。 それぞれ敵将の把握をする。
一、秦王・政⇒流石に頭が切れます、この若王! 何故、王騎が秦軍を率いたのかその理由が六将・摎(キュウ)の仇討ちだと知る。それならば、どうして他の同胞ではなく摎(キュウ)になってそうしたのかと考える。 それには先ず摎(キュウ)の武勲と履歴に思いをめぐらす。
摎(キョウ)は六将で魏と韓を屈服させたほどの将軍だった。しかし、六将中でもっとも若く苛烈な戦いぶりをする将軍なのに、いつでも仮面をかぶっていた。そのために美女だとか顔が焼け爛れているとかの噂が出ていた。
クルーゼ隊長さん??⇒西周王朝を倒した武勲も綴って欲しかったが。。。
その後、二昌君の話を踏まえてホウケンも王騎を倒すために趙軍を率いて来たと結論にたどり着く。軍司令官・昌平君から合格点が出ました。
二、弐昌君(昌文、昌平) ⇒軍議のやり取りが素晴らしい 昌平君が昌文君へホウケンについて質問する。先ずホウケンが単騎で摎(キュウ)の本陣に迫ったのは何故かと。 昌文君は答える。あれは趙軍とは無関係だったと。 更に昌平君が問う、私怨であるかと。 昌文君は違うと答えると、どうして分かると昌平君が返す。昌文君はあの時そこにいた自分がホウケンから口で言ったのを聞いたからだと答える。
我は武神ホウケン也、天地に怖れられし二人がこの世にいること、それが何より耐え難いらしく、国や軍など小事だと口にしたホウケンなる者。。。
常軌を逸していると丞相以下群臣たちが口をそろえて感想を述べる。しかし、昌平君は楽観視せずにそんなホウケンであっても大将として軍が率いれる場合があり、尚のことあらゆる戦いに対応できる王騎将軍がうってつけと主張する。
秦王が最後にホウケンが王騎と戦うために出てきたのだと言うと、十分に考えられますと王の言を嘉する。
三、呂丞相⇒戦を楽観視したあんたが悪い!!! 昌文君からホウケンのことを聞きだす。しかし、昌文君から聞いたホウケンという者の実情は将とはとても言えないほどな武闘中毒者だとまとめる。しかし、部下で重臣の昌平君から真っ向から楽観視を否定され、思わず昌平君を後から睨んでいた。
秦国王宮でホウケンの正体が判明する中、進軍中の歩兵部隊は未だ夜中であった。 姜廆がようやく信との剣の稽古を終える。 どうやら相当しごかれたらしく、信はもう一本とせがむものの力尽きてそのまま寝てしまう。⇒どれだけしごいたんだ…、羌瘣
羌瘣は夜に佇みながら、シユウの巫女として戦いに弾ける人々の心の哀しさに思いをはせる。彼女はリズムを口ずさみながら明日を戦場で戦う勇士達のために舞を捧げるのだった。寝ていた筈の信が起きてその舞を静かに見ていた。
それから二日後、馬陽の守兵に祈りが届く。遂に秦軍が馬陽を目前の場所まで到着したのだった。
さああ、戦場編が来るぞ、ワクワクが治まらねええ!!
HNをきちんと書き、辺境のブログであろうと
言葉を選んでコメントに来たことは此処でも忘れない。
- シナリオ作家志望の私の推測ですが、摎将軍の出は不明とありますが、今回の話で、正体が読めました。(と思います。) 摎将軍は女で、(誰もがそう思っているし事実そうでしょう。)「しゆう」の出なのでしょう。それを証明する事柄はいくつかあります。
彼女の仮面は「しゆう」の出であることを世間の暗殺集団に知らせないためです。
「しゆう」の掟から逃れた出のため、常日頃人目から正体の素顔を守る仮面を被っていたのでしょう。
そうしてまた、女でありながら、他の六将に匹敵する並外れた武勇、を持っていると言うこと。女でありながら、それを説明できる唯一の理由・・・その理由は彼女が「しゆう」の出だからにほかならないでしょう。そして若き王騎は、そのことを密かに互いに知っていた者なのです。
しかし最強の「しゆう」の出である彼女は、何故、如何にして武神のホウケンに敗れたか、これもまた説明が出来ると思います。
「しゆう」は無敵の暗殺武力を持っています。そんな彼女が何故、敗れたか?。しかし彼女の武勇には弱点があるのです。そう、そして敗れた理由は、武勇を発揮する時間には限りがある、「しゆう」の女戦士達の特有の理由です。そのように作者は、「しゆう」を前置きの物語として描いています。「姜廆」というキャラクターを通じて・・・。おそらくはこれも推測なのですが、ホウケンとの決闘では長期戦になったためなのでしょう。武勇ならば、互角のはずでも、所詮、それも長期戦にはならないという前提でのこと。「しゆう」がいかに超越した武勇を誇ってみても、制限時間がある武勇は、同じ実力を持った武神を名乗る敵と出会う、そして長期戦となり、決着なかなにつかずの長丁場となれば、ついには力及ばず、敗れるよりほかにないのです。
次第に劣勢不利になる、決闘の戦いに、彼女は自分が敗れることを予感したのかも知れません。 その対決の場に助けに入ろうとする駆けつけた武将(王騎)もいたかもしれない。しかし女とはいえ仮にも六将を名乗ることになっている自分が、どうして多くの部下達の前で、他将に助けを求められるでしょうか。「王騎っ。私は六将だぞ!。」劣勢であっても、荒い息の中で、将としての立場を、自覚を促すかのように、はげしくそれを撥ね付け、なおも対決に望む将軍、そして・・・。実に、悲しい物語がそこにまちうけていたようであります。
その敵を取ったのが、王騎であることはもちろんのことではありますが、そうした歴史の瞬間の場にあって、六将、摎の仇を討った、武勇が認められて、自分が六将の地位につくことにはなったのだけれど、目の前で、心寄せた女性が討たれていくのを見守るしかなかったという悲しい、体験、そうした過去を持っているのが王騎という武将なのです。常日頃、彼は、何も感じていないかのようににやにやしているばかりのようではありますが、何か、悲しみを、隠し騙す為にあのような生き方をしているのだ、と思います。そう思えばこそ、彼というキャラクターも又、実にいい味を出しているキャラクターであり深い同情心を呼び覚まされます。
・・・そして時代はくだり、大将軍となった王騎は今は「童」と、からかう「信」の中にかつての自分の姿を見ることになるでしょう。
今、信と姜廆の関係が「政」を守る者と殺す者の関係を越えて、美しい関係になりつつありますが、今はまだ、多くの読者は、信や姜廆たちの若き者達の時代がやってきたとしか感じられないでしょうが・・・ 私には、かつての王騎と摎の物語のように、悲劇が待ち受けているようなきがしてなりません。
どうか作者は、慈悲の心を持って、ほしい。私が作者ならば、王騎がそうであったように、信を天下の将軍に成長させるために、愛する姜廆を「悲劇の生け贄」とするだろうけれども、そのほうが悲しくて美しい物語とはなるのだけれど、・・・おそらくは作者はそうするのだろうけれども・・・。
姜廆と信の別れの最後を予感する度に、それを思うと切なくて悲しくてなりません。信、君の目の前にいる娘は、若死にする運命なんだぞ、・・・早く、好きになって告白してその唇を奪ってしまえ!。(その時には彼女が、死んだ姉の言葉を思い出し涙を流す場面が見られるであろう事を予言しておこう。ファン諸君よ、その場面を見逃すな!。) 【シナリオ作家志望さん】
返答①>摎将軍は女で、(誰もがそう思っているし事実そうでしょう。)「しゆう」の出なのでしょう。
おお、妥当な展開ですね。「王騎っ。私は六将だぞ!。」の台詞が本編であって欲しいな。
>姜廆と信の別れの最後を予感する度に、それを思うと切なくて悲しくてなりません。
史書であらかた既読している管理人にはそうはならないだろうと思っています。唯、それには信という主人公が大方の予想通りの人物のモデルであるのならばですが…。 もし、その通りであるならば姜廆と信の余命は政が加冠後に親政する時期まで続きます。
φ(・ω・ )2012年回顧メモメモ
いま読み返すとシナリオ作家志望だけあって該当する部分があるなぁ。今、この人はプロになれたのだろうか?〈2012年11月追記〉
quotation:義風捫虱堂「戦う者に道が2つある。勝利と、死と!」080703
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